ピコは、八頭の子ブタのお母さんで、ケーキ屋さん。今日も朝から大忙し。
5時に起きると、すぐにケーキを作りはじめる。卵を割って、クリームを混ぜて、スポンジを焼く。そうしていると、子どもたちが起きてきて、「ママ、おなかがすいた」と言ってくる。急いで朝ごはんの用意をしたら、子どもたちが食べている間に洗濯をする。子どもたちに服を着せ、幼稚園のバスに乗せると、ようやく自分の朝ご飯。それから、ケーキを並べ、ケースを磨いて、掃除をしてから店を開ける。
――よかった。今日も10時に開店できた――
「いらっしゃいませ!」
「おはよう。今日もいい天気ね」
「あ、メイおばあさん。いつもありがとうございます!」
「この間のクッキー、とってもおいしかったわよ。今日のおすすめは、何?」
「そうですね。こちらのモンブランはいかがですか?」
「あら、おいしそう。じゃ、それを2つ」
「ありがとうございます!」
「今日はこれから図書館に本を返しに行くの」
「いいですね。ゴリラおじいさん、甘い物が大好きですし。ふふふ」
ケーキをお客さんにわたすとき、ピコはとってもうれしい気持ちになる。
ピコがこの小さなケーキ屋を始めたのは、7年前だ。主人のボーノは漁師をしていて、夜中に出かけて昼過ぎに帰ってくる。しかし、たまに遠くへ漁に行くときは一か月も帰ってこない。それで、ピコはさびしいとき、よくケーキを焼いた。そして、友だちやご近所さんをうちに呼んでパーティーを開いた。みんなに「おいしい!」とほめられると、うれしくて、どんどん新しいケーキの作り方を覚えていった。
ある日、ボーノが
「そんなにケーキ作りが好きなら、ケーキ屋でも開いたらどう?」
と言ってきた。そのときは「そんなの、無理よ」と言ったけど、そのあとじっくり考えて、がんばってやってみることにした。小さな店ならひとりでできるし、近所に住んでいる母も「手伝うよ」と言ってくれたからだ。
はじめは、やっぱり大変だった。けど、友だちやご近所さんが「あそこに新しくできたケーキ屋さん、とってもおいしいのよ」といろいろなところで言ってくれた。そのおかげで、だんだんお客さんが増えていった。忙しくなったけど、毎日とても楽しかった。
でも、子どもが産まれてからは違う。子どもの世話をしながら、ケーキを作るのは思っていたより大変だった。仕事中、子どもたちが泣いたり、けんかしたりするので、ケーキがうまく作れなかった。それに、子どもが熱を出したりすると、その日は店を閉めなければならなかった。前より休みを多くして、子どもたちと遊んであげた。子どもたちのことはもちろん大好きだ。でも、ケーキが作れないのはつらい。だから、とにかくがんばった。子どもたちが起きる前に働いて、子どもたちが寝てからも働いた。母も前よりお店や子どもの世話を手伝ってくれた。
だが、先月、父が病気で入院した。すぐに退院して、ほっとしたが、母はこれまでのように手伝いに来られなくなった。それに、ボーノも遠くまで漁に出ていてしばらくうちには帰ってこない。
ピコは悩んでいた。
――毎日こんな生活は続けられない。もうお店はやめようかな。でも、やっぱりやめたくない。来週、ボーノが帰ってきたら、相談しよう――
次の日、ヤギの園長先生が店にやってきた。
「来週の金曜日に幼稚園で歌の発表会があるんだが、そのあと、みんなにおいしいケーキをごちそうしようと思うんだ。それで、ピコさん、ケーキを100個作ってくれないかい?」
「えっ、100個も! ありがとうございます。でも……」
「きっとみんな喜ぶぞ。楽しみだ。じゃあ、よろしく」
園長先生は店を出ていった。
――どうしよう……。やっぱり断ったほうがよかったかなあ。発表会が終わるのは11時ぐらいだから、がんばればなんとか間に合うはず。でも、ぎりぎりまで作っていたら、子どもたちの発表が見られなくなる……――
ピコは母に電話をかけた。
「悪いわねえ。その日は、午前中、お父さんと病院に行かなきゃならないの。……ごめんなさい。手伝えなくて」
「そう……。じゃあ、しかたないわね……」
発表会の前日。天気はくもり。明日は晴れるかなあ。ピコが店を片付けていると、「ただいま!」と元気な声が聞こえてきた。子どもたちが幼稚園から帰ってきたのだ。
「ママ、明日の発表会、見に来てくれるよね。ぼく、太鼓をたたくんだ」
「ぼくはシンバルだよ」
「わたしはタンバリン」
「わたしはトライアングル」
「歌も歌うんだよ。いっぱい練習したんだから」
「先生がとっても上手だってほめてくれたの」
「早く来て一番前の席に座ってね」
「あれ、どうしたの? ママ」
「泣いてるの?」
「ごめんね。みんな。明日の発表会は見に行けないの」
「ええー、そんなの、やだ!」
子どもたちはみんなブーブー泣き出した。
そのとき、ドアが開いて、大きな太い声が聞こえた。
「ただいまー! あれ、なんでみんな泣いているんだ?」
主人のボーノだ。
「あなた……。帰ってくるのは明後日じゃなかったの?」
「いやあ、予定より早く帰ってきたんだ。台風が近づいてきたから。それに、明日は子どもたちの発表会だろ? 去年も一昨年も見に行けなかったし、今年こそ見に行こうと思ってさ。親分に早く帰らせてほしいって言ったんだ」
子どもたちは、
「パパ、明日、見に来てくれるの!? やったー!」
と言って、ボーノに抱きついた。
子どもたちを寝かせたあと、ピコはボーノに今まで悩んでいたことと明日のケーキのことを話した。
「そうか。それは大変だったなあ。よし、決めた。おれもケーキ屋になる! 漁師はやめた!」
「えっ! そんな急に決めていいの?」
「いいんだよ。やっぱりおれも家族といっしょにいたいから」
「ボーノ……。ありがとう」
すると、子ども部屋からこんな声が聞こえてきた。
「お父さんもケーキ屋さんになるんだって。やったー!」
翌朝。5時にピコもボーノも子どもも起きた。ピコとボーノはケーキを作り、子どもたちは自分で着替えた。それから、みんなで朝ご飯の用意をした。
「ほら、見て。ママ。ぼく、自分で卵を割ったんだ」
「あら、すごい! どこで覚えたの?」
「だって、毎日ママが卵割ってるの見てたもん」
「えっ……」
「パパもちゃんと覚えなきゃだめだよ」
「ははは」
朝ごはんを食べ終えて、ちゃんと9時にはケーキができた。
今日は青空。家族をのせて、ボーノの車は走り出す。ケーキのにおいに包まれた車の中でピコは眠った。ボーノが「ママが寝てるから、静かにしてね」と言ったけど、幼稚園が近づくと、子どもたちは元気な声で歌い始めた。
(つづく)
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