メガネザルのコイルは、今夜もラジオを聞いていた。
ラジオが好きだ。ラジオを聞いていると、狭い島にいる自分と世界がつながっているように感じる。そして、聞くだけじゃない。自分でラジオを作るのだ。今使っているラジオも自分で組み立てた、お気に入りのラジオだ。
でも、勉強は嫌いだ。苦手だし、ぜんぜんおもしろいと思わない。だから、学校ではずっと寝ている。うちでももちろん宿題なんかしたことがない。
ラジオのほかに、もうひとつ好きなものがある。朝日を見ることだ。真っ黒な空が少しずつ青っぽくなって、それが少しずつ白くなり、白から赤へ、赤から青へと変わっていく。その時間が何よりも好きだ。今日も、昨日の晩からずっと起きていて朝日を見てから寝た。そして、昼に母親に「いつまで寝てるの!」と起こされた。
――今日は休みなんだから、好きなだけ寝せてくれればいいのに……
居間に行くと、父親が待っていた。
「コイル。この間、先生も言っていたが、そろそろ将来のことを決めないといけないぞ。あと3か月で卒業だろ」
「わかってるよ……」
「大学に行ったらどうだ?」
「勉強は……好きじゃない……」
「じゃあ、何か仕事を見つけろ」
「うん……」
コイルは悩んでいた。大学には行きたくない。ラジオに関係がある仕事をしたい。けど、この島にそんな仕事はない。だからと言って、街には住みたくない。忙しい生活は嫌いだ。それに、街にはあいつがいる。
次の日、学校からうちに戻ると、あいつがいた。ノイルだ。
「よう、コイル。元気か?」
「帰ってたんだ。旅行に行くんじゃなかったの?」
「ああ、その予定だったけど、台風が近づいているみたいだから、延期したんだ。しばらくいるからよろしく」
ノイルはコイルの兄だ。頭が良くて、スポーツもできる。性格も明るくて、友だちも多い。2年前に街の大学に合格して、家を出た。両親は自分の息子がいい大学に入ったと喜んでいた。
その日の夕食は、テーブルにノイルの好きな料理ばかり並んだ。コイルは、食べ終わると、さっさと自分の部屋に逃げこんだ。
次の日、学校が終わっても、コイルはうちに帰りたくなくて、ぶらぶらしていた。そろそろ夕方になるころ、島の中央にある灯台に向かった。灯台に上って夕日を見ようと思ったのだ。朝日のほうが好きだが、夕日も嫌いじゃない。
本当は灯台の中に入ってはいけないことになっている。だが、コイルは灯台を管理しているタヌキのタヌキチおじさんに頼んで、いつもこっそり中に入れてもらっていた。
しかし、今日は灯台の入口に鍵がかかっていた。タヌキチおじさんも見当たらない。しかたなく、コイルはうちに帰ることにした。
昨日のように夕食は急いで食べた。自分の部屋に入り、ラジオをつけた。ロブの歌が流れた。先月出た新曲だ。
ノックの音が聞こえた。
「入るぞ」
ノイルが部屋に入ってきた。ラジオのボリュームを下げる。
「何?」
「さっき父さんから、おまえが将来のことで悩んでるって聞いたから」
「べ、べつに悩んでないよ」
「じゃあ、どうするんだ。大学に入るのか? それとも、働くのか? そろそろ決めないといけないだろ」
「そうだけど……」
「ラジオばかり夢中になってないで、まじめに考えたほうがいいぞ」
「……」
「決められないなら、大学に行けよ。とりあえず大学に入って、勉強しながら、ゆっくり将来のことを考えたらいいさ。島を離れて街で生活してみると、考え方も変わるぞ。そのうち、何かやりたいことが見つかるさ」
「……」
「まあ、でも今から勉強しても、おまえの頭じゃ、いい大学には入れないと思うけどな。ははは」
「うるさい! 出てけ!」
「怒るなよ。おれも心配してるんだ。今度、勉強の仕方、教えてやるよ」
そう言うと、ノイルは部屋を出ていった。
コイルは、ベッドに横になり、天井を見上げた。ラジオから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
次の日も同じ時間に灯台に行ったが、やはりタヌキチおじさんはいなかった。ため息をつきながら、帰り道を歩いていると、トラの親分に会った。親分は一番偉い漁師で、コイルのうちの近所に住んでいる。
「おう、コイル、ちょうどいいところにいた! うちのラジオ、なんだか今朝から調子が悪くて、急に動かなくなっちまったんだ。ちょっと見てくれないか」
前にも親分のラジオの調子が悪くなったとき、修理してあげたことがあった。うちに帰りたくなかったので、「いいですよ」と返事をした。
しかし、ラジオの修理は故障の原因がわからず、思った以上に苦労した。あれこれためして、ようやく音が出るようになったのは、外がもうすっかり暗くなってからだった。
「ありがとよ! 助かったぜ。しかし、こんな遅くまで悪かったなあ」
「いえ、大丈夫です。ラジオは大好きなんで。それに、ぼくは夜のほうが元気ですし。では、失礼しま……」
そこまで言いかけて思い出した。トラの親分とタヌキチおじさんはたしか仲が良かったはずだ。お祭りのとき、ふたりがいっしょにいるのを見かけたことがある。
「あのう、親分。タヌキチおじさん、最近どうしてるか知ってますか? 昨日も今日も灯台に行ったんですが、いなかったんです」
「タヌキチ? もちろん知ってるさ。昨日も今日もおれはあいつといっしょに漁に出てたんだから」
「えっ! タヌキチおじさん、漁師になったんですか?」
「そうじゃない。もともとタヌキチは漁師なんだ。ただ、昼に灯台を管理してたクジャクばあさんが病気で辞めちまって、それから代わりにタヌキチが灯台の管理をしてるんだ。ほら、漁に出ていて急に天気が悪くなったりすると危ないだろ。だから、灯台の光は漁師にとって大切なんだ。ただ、夜はみんなで交代で管理してるんだが、昼は家も近いし、タヌキチに任せることにしたんだ」
「へえー。でも、どうして今はタヌキチさん、灯台を管理しないで漁に出てるんですか?」
「いやあ、実は先月ひとりケーキ屋になるって急に漁師を辞めちまってなあ。それで、船のほうも人が足りなくなって、天気がいい日は灯台を休んで漁に出てもらうことにしたんだよ」
「へえー、そうだったんですか」
「まあ、でも、これからの時期は夜も長くなるし、天気も変わりやすいから、タヌキチには灯台にいてもらわないと。はあ~、だれか漁師になってくれる若いやつがいればいいんだがなあ……。ん? そう言えば、コイル、たしかおまえ今年卒業だよなあ」
「す、すみません。失礼します!」
コイルは慌てて逃げだした。
――ぼくは漁師なんて、できないよ! ――
次の日は、灯台はもうあきらめて昼寝でもしようと、まっすぐうちに帰った。ドアを開けて、びっくりした。トラの親分がノイルとソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。
「おう、コイル。親分からケーキをいただいたんだ。昨日のお礼にって」
「あ、わざわざありがとうございます」
コイルが頭を下げると、親分はコーヒーカップを置いて言った。
「気にするな。ほんの気持ちだ。それより、コイル、喜べ。今、ノイルと話してたんだ。おまえにぴったりの仕事が見つかったぞ!」
「えっ!? ま、まさか! ぼ、ぼくには漁師は無理です!」
数カ月後。コイルは夕方前にベッドから起き出すと、すぐに着替えて、「いってきます!」と家を出た。
灯台に着くと、入口のとなりに看板が出ていた。大きな木の看板には、太い字でこうと書いてあった。
「ラジオ修理、承ります」
親分がゴリじいさんに頼んで看板を作ってくれたのだ。
中に入ると、タヌキチおじさんがあくびをしながら待っていた。
「おつかれさまです!」
「おう、もうそんな時間か。見たか? あの看板」
「はい。これからがんばります!」
「ははは。よし、交代だ。早速、修理の依頼が2件あったぞ。そこにメモといっしょに置いてあるから、よろしくな」
「はい、わかりました!」
昼間は漁師が交代で灯台を管理して、夜はコイルが灯台を管理しながら、ラジオ修理の仕事をする。それは、頭のいいノイルが考えたアイディアだった。そして、そのアイディアをトラの親分が気に入り、コイルを採用してくれたのだ。まさか自分の好きなことが仕事になるなんて。コイルはふたりに心から感謝した。
コイルは、灯台の光を調整したあと、ラジオの修理を始めた。今日は雲もなく、星もきれいだ。夢中で作業を続け、2台目の修理がもう少しで終わるころ、コイルは立ち上がって伸びをした。海の向こうの空が白みはじめた。
(つづく)
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