Wednesday, December 30, 2020

その女子高生は名探偵#2★★★★

   榎え谷だにことり。17歳さい。ハンバーガーショップでアルバイトをしている普ふ通つうの高こう校こう二に年ねん生せい。祖そ父ふは元もと探たん偵てい。父ちちは刑けい事じ。彼かの女じょは大だいのミステリー好ずき。今日きょうも彼かの女じょの近ちかくで事じ件けんが起おきる。





*   * * * *

 

 ぼくの上(じょう)司(し)の松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)は今(こ)年(とし)五(ご)十(じゅう)歳(さい)になる。十(じゅう)年(ねん)前(まえ)に離(り)婚(こん)して今(いま)は独(どく)身(しん)だ。性(せい)格(かく)は子(こ)どものようにわがままで怒(おこ)りっぽい。自(じ)分(ぶん)では仕(し)事(ごと)をほとんどせずに、部(ぶ)下(か)に仕(し)事(ごと)を押(お)しつける。そして、「仕(し)事(ごと)が遅(おそ)い!」とか、「レポートが読(よ)みにくい!」とか、いつもでかい声(こえ)で怒(おこ)っている。特(とく)にぼくには厳(きび)しい。仕(し)事(ごと)以(い)外(がい)のことでも何(なん)度(ど)も叱(しか)られた。「髪(かみ)が長(なが)すぎる!」とか、「そのネクタイの柄(がら)はなんだ! 大学生(だいがくせい)か!」とか、髪形(かみがた)や服装(ふくそう)にもいちいち文(もん)句(く)を言(い)われる。松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)はぼくのことが嫌(きら)いなのだ。

 叱(しか)られてばかりいるのは本(ほん)当(とう)に悔(くや)しくて辛(つら)いが、なんとか我(が)慢(まん)している。ぼくにはサヤカがいるからだ。いくら課(か)長(ちょう)に叱(しか)られても、彼(かの)女(じょ)がいれば平(へい)気(き)だ。彼(かの)女(じょ)の笑(え)顔(がお)を見(み)れば、どんな嫌(いや)なことでも忘(わす)れられる。だから、仕(し)事(ごと)中(ちゅう)でもついスマホの画(が)面(めん)を見(み)てしまうのだ。けど、それを先(せん)週(しゅう)松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)に見(み)つかってしまった。

「尾(お)沢(ざわ)! おまえ、仕(し)事(ごと)中(ちゅう)に何(なに)をニヤニヤしてるんだ!? スマホをよこせ!」

「は、はい……」

「なんだ? これは?」

「……ら、『ラブ・ら・ドール』というゲームのキャラクターでサヤカと言(い)います……」

「サヤカ? この変(へん)な服(ふく)を着(き)ている、頭(あたま)が悪(わる)そうな女(おんな)のことか? ふん、彼女(かのじょ)がいないからってゲームで恋(れん)愛(あい)か。しかも、仕(し)事(ごと)中(ちゅう)に。おまえ、会(かい)社(しゃ)に何(なに)しに来(き)てるんだ! だいいちこんな水(みず)色(いろ)のスマホケースを使(つか)って恥(は)ずかしくないのか!」

「申(もう)し訳(わけ)ありません……」

 みんなもクスクス笑(わら)っていた。

――もう我(が)慢(まん)できない。みんなの前(まえ)でぼくだけじゃなくて、サヤカのことまでバカにするなんて許(ゆる)せない!

 このとき、ぼくは松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)を殺(ころ)そうと決(き)めた。

 

 今日(きょう)夕(ゆう)方(がた)5時(じ)に会(かい)社(しゃ)を出(で)ると、駅(えき)のコインロッカーに入(い)れてあったバッグを取(と)って、公(こう)園(えん)に向(む)かった。公(こう)園(えん)のトイレの個(こ)室(しつ)に入(はい)ると、スーツを脱(ぬ)いで、週(しゅう)末(まつ)に買(か)った服(ふく)に着(き)替(が)えた。黒(くろ)いジャンパーとジーンズ、紺(こん)色(いろ)の帽(ぼう)子(し)をかぶって、マスクをした。靴(くつ)もスニーカーに履(は)き替(か)えた。サングラスも用(よう)意(い)したが、夜(よる)にサングラスをかけていると、怪(あや)しい男(おとこ)だと思(おも)われるのでやめた。

 トイレを出(で)るとき、鏡(かがみ)で自(じ)分(ぶん)の姿(すがた)を見(み)てみると、別(べつ)人(じん)に見(み)えた。

――この格好(かっこう)なら、だれもぼくだと気(き)づかないはずだ。

 着(き)替(が)えた後(あと)は、ゲームセンターと本(ほん)屋(や)でしばらく時(じ)間(かん)をつぶした。そして、8時(じ)からこの駅(えき)前(まえ)広(ひろ)場(ば)にいる。

 今(こん)晩(ばん)は職(しょく)場(ば)の飲(の)み会(かい)がある。誘(さそ)われたときは参(さん)加(か)すると言(い)ったが、今(け)朝(さ)飲(の)み会(かい)の幹(かん)事(じ)に「体(たい)調(ちょう)が良(よ)くないから」とウソをついてキャンセルした。松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)は参(さん)加(か)しているはずだ。だが、松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)はお酒(さけ)があまり強(つよ)くないので、いつも二(に)次(じ)会(かい)には行(い)かない。飲(の)み会(かい)は、会(かい)社(しゃ)の近(ちか)くの居(い)酒(ざか)屋(や)で6時(じ)から始(はじ)まり、8時(じ)過(す)ぎに終(お)わる。今(いま)は8時(じ)半(はん)。課(か)長(ちょう)は電(でん)車(しゃ)に乗(の)って帰(かえ)るため、そろそろこの駅(えき)前(まえ)広(ひろ)場(ば)を通(とお)るはずだ。

 松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)が来(き)た。一(ひとり)人だ。同(どう)僚(りょう)がいっしょだったら、中(ちゅう)止(し)しようと思(おも)っていた。顔(かお)が赤(あか)い。何(なん)杯(ばい)かお酒(さけ)を飲(の)んだようだ。時(と)計(けい)を気(き)にしているが、次(つぎ)の電(でん)車(しゃ)まではまだ時(じ)間(かん)は十(じゅう)分(ぶん)ある。

 課(か)長(ちょう)が目(め)の前(まえ)を通(とお)りすぎ、改(かい)札(さつ)に入(はい)っていった。その後(うし)ろから女(じょ)子(し)高(こう)生(せい)が改(かい)札(さつ)に入(はい)っていった。ぼくも買(か)っておいた切(きっ)符(ぷ)で改(かい)札(さつ)を通(とお)った。松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)がエスカレーターでホームに上(あ)がっていくのが見(み)えた。急(いそ)ぐ必(ひつ)要(よう)はない。どこへ行(い)くかはわかっている。ゆっくり歩(ある)いてエスカレーターに乗(の)った。

 松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)は、ホームの端(はし)の方(ほう)にいた。しかも、周(まわ)りにはほとんど人(ひと)がいない。都(つ)合(ごう)がいい。電(でん)車(しゃ)が来(く)るまで、まだ少(すこ)し時(じ)間(かん)がある。あまり近(ちか)くまで行(い)くと気(き)づかれてしまう。少(すこ)し離(はな)れたところで待(ま)っていよう。

 三(さん)人(にん)掛(が)けのベンチがある。右(みぎ)端(はし)にさっきの女(じょ)子(し)高(こう)生(せい)が座(すわ)っていた。一(ひと)つ空(あ)けて左(ひだり)端(はし)に座(すわ)ってスマホの画(が)面(めん)を開(ひら)く。もちろん、「ラブ・ら・ドール」だ。女(じょ)子(し)高(こう)生(せい)は本(ほん)を読(よ)んでいる。ちらっとこっちを見(み)たような気(き)がするが、気(き)にしなくていいだろう。

――サヤカ。もうすぐ君(きみ)のことをバカにした男(おとこ)を殺(ころ)してあげるからね。成(せい)功(こう)するように応(おう)援(えん)してて。

 そろそろ電(でん)車(しゃ)が来(く)るころだ。人(ひと)々(びと)が列(れつ)に並(なら)び始(はじ)める。今(いま)、ホームにいるのは十(じゅう)五(ご)人(にん)ぐらいだ。静(しず)かに歩(ある)いて、松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)の後(うし)ろに立(た)った。少(すこ)し離(はな)れたところに会(かい)社(しゃ)員(いん)が一人(ひとり)並(なら)んでいた。イヤホンを付(つ)けて、じっとスマホの画(が)面(めん)を見(み)ている。

「まもなく二(に)番線(ばんせん)に――」

 駅(えき)のアナウンスが流(なが)れた。だれも見(み)ていない。

――今(いま)だ! 

 松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)の背(せ)中(なか)を強(つよ)く押(お)した。

「おっ、うわっ!」

 松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)の身体(からだ)がドサッと線(せん)路(ろ)に落(お)ちた。

――よし! うまくいった。

「だれか、線(せん)路(ろ)に落(お)ちたぞ!」

 ホームにいるだれかが気(き)づいたようだ。

 若(わか)い男(だん)性(せい)が線(せん)路(ろ)に下(お)りようとした。そのとき、

「下(お)りちゃだめ!」

という声(こえ)が聞(き)こえた。

 あの女(じょ)子(し)高(こう)生(せい)だ。

「そこの非(ひ)常(じょう)停(てい)止(し)ボタンを押(お)して!」

と言(い)って、ホームの柱(はしら)にあるボタンを指(さ)した。そばにいた男(だん)性(せい)はすぐに言(い)われた通(とお)り、ボタンを押(お)した。

 大(おお)きな音(おと)が鳴(な)った。

 女(じょ)子(し)高(こう)生(せい)はホームから倒(たお)れている松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)に声(こえ)をかけた。

「大(だい)丈(じょう)夫(ぶ)ですか!? 今(いま)、駅(えき)員(いん)が来(き)ます。立(た)てますか?」

「あ、ああ、大(だい)丈(じょう)夫(ぶ)だ」

と言(い)って、ゆっくり立(た)ち上(あ)がると、ホームに近(ちか)づいてきた。

「だめ! ホームに上(のぼ)るのは無(む)理(り)! あそこ! 黄(き)色(いろ)い待(たい)機(き)スペースが見(み)える? あそこに入(はい)って!」

 松(まつ)本(もと)課(か)長(ちょう)は、女(じょ)子(し)高(こう)生(せい)が指(ゆび)差(さ)す方(ほう)へふらふらと歩(ある)き始(はじ)めた。駅(えき)員(いん)が階(かい)段(だん)の方(ほう)から走(はし)ってきた。電(でん)車(しゃ)も来(こ)ない。止(と)まったようだ。

――まずい……失(しっ)敗(ぱい)だ。今(いま)のうちに逃(に)げよう。

 こそこそと階(かい)段(だん)の方(ほう)へ向(む)かった。しかし、階(かい)段(だん)を下(お)りようとしたところで、後(うし)ろから声(こえ)をかけられた。

「ちょっと待(ま)ってください!」

「……」

「あなたはあの線(せん)路(ろ)に落(お)ちた人(ひと)の知(し)り合(あ)いじゃないですか?」

 心臓(しんぞう)をギュッとつかまれたように感(かん)じた。振(ふ)り返(かえ)らずに「ちがいます!」と言(い)うと、一(いっ)気(き)に階(かい)段(だん)を駆(か)け下(お)りた。後(うし)ろは見(み)なかったが、声(こえ)でわかった。あの女(じょ)子(し)高(こう)生(せい)だ。あいつは、いったい何者(なにもの)だ!?

「待(ま)って!」

 後(うし)ろから追(お)いかけてくる。改(かい)札(さつ)をジャンプして飛(と)び越(こ)えると、駅(えき)前(まえ)の通(とお)りへ向(む)かって必(ひっ)死(し)で走(はし)った。中(ちゅう)学(がく)、高(こう)校(こう)と陸(りく)上(じょう)部(ぶ)だった。足(あし)には自(じ)信(しん)がある。

 駅(えき)前(まえ)広(ひろ)場(ば)を抜(ぬ)け、通(とお)りまで出(で)ると、もう追(お)いかけて来(こ)なかった。

――大(だい)丈(じょう)夫(ぶ)だ。服(ふく)装(そう)は見(み)られたけど、顔(かお)は見(み)られなかったはずだ。

 駅(えき)前(まえ)の通(とお)りをわたり、公(こう)園(えん)のトイレで着(き)替(が)えた。それから、となりの駅(えき)まで歩(ある)いて、タクシーに乗(の)った。

 アパートの前(まえ)でタクシーを降(お)りた。部(へ)屋(や)の前(まえ)で鍵(かぎ)を出(だ)そうとしたとき、男(おとこ)が二人(ふたり)現(あらわ)れた。

「尾沢(おざわ)聡(さとる)さんですね。警(けい)察(さつ)の者(もの)ですが、ちょっとお話(はなし)を聞(き)かせてもらえませんか?」

「えっ、なんで!?」

 

*   * * * *

 

 翌朝(よくあさ)、ことりがあくびをしながら新(しん)聞(ぶん)を読(よ)んでいると、母(はは)親(おや)が話(はな)しかけてきた。

「ずいぶん眠(ねむ)そうね。ことりもおとうさんもあまり寝(ね)てないんじゃない? 昨日(きのう)の夜(よる)は大変(たいへん)だったから」

「わたしは平(へい)気(き)。たぶん授(じゅ)業(ぎょう)中(ちゅう)寝(ね)るけど」

「そう。ねえ、じゃあ、ちょっと教(おし)えて。昨日(きのう)の事(じ)件(けん)のことだけど、どうやってことりは犯(はん)人(にん)を見(み)つけたの? 犯(はん)人(にん)が松(まつ)本(もと)っていうおじさんを突(つ)き落(お)としたのを見(み)たわけじゃないんでしょ?」

「うん、見(み)てない。でも、あの男(おとこ)の人(ひと)は服(ふく)装(そう)が怪(あや)しかった。頭(あたま)から足(あし)まで全(ぜん)部(ぶ)新(しん)品(ぴん)みたいだったの。それで、こっそり逃(に)げようとしてるところで声(こえ)をかけたら走(はし)り出(だ)したから、間(ま)違(ちが)いないって思(おも)ったの」

「へえー。でも、事(じ)件(けん)じゃなくて事(じ)故(こ)かもしれないじゃない。そのおじさんが自(じ)分(ぶん)で線(せん)路(ろ)に落(お)ちたって可(か)能(のう)性(せい)もあるでしょ?」

「それもなくはないけど、あのおじさん、改(かい)札(さつ)からホームまで普(ふ)通(つう)に歩(ある)いてたもん。ちょっとお酒(さけ)くさかったけど」

「ふうん。じゃあ、どうして逃(に)げた犯(はん)人(にん)が職(しょく)場(ば)の人(ひと)ってわかったの?」

「スマホケースよ。あの人、ホームのベンチでスマホを使(つか)ってたの。大人(おとな)の男(だん)性(せい)が水(みず)色(いろ)のスマホケースなんて珍(めずら)しいでしょ? それで、おじさんに会(かい)社(しゃ)とか身(み)のまわりで水(みず)色(いろ)のスマホケースを使(つか)っている男(だん)性(せい)がいないか聞(き)いてみたの。そしたら、『いる』って言(い)うから、すぐにおとうさんに連(れん)絡(らく)して、本(ほん)人(にん)が自(じ)宅(たく)に帰(かえ)るところを警(けい)察(さつ)に捕(つか)まえてもらったの」

「ふうん。自(じ)分(ぶん)は着(き)替(が)えたけど、スマホを着(き)替(が)えさせるのは忘(わす)れたってわけね」

                                    (完)

トウキョウタワー★★★

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