もう秋ですね。だいぶ涼しくなりました。秋はおいしい食べ物がたくさんあります。栗、きのこ、なす……。でも、やっぱり秋になると食べたくなるのが、さんまです。
さんまは海の魚で、秋から冬にかけて太平洋でよく獲れます。食べ方は簡単。塩をかけて焼くだけです。そして、安くてうまい。ああ、おなかがすいてきた。
それから、秋になると、外で体を動かしたくなります。ジョギング、テニス、サッカー、ゴルフ。スポーツをするのに、ちょうどいい季節です。
また、秋はどこかへ出かけるのにもいいですね。車で、バイクで、自転車で。紅葉も、とてもきれいです。ですが、昔はバイクや自転車がなかったので、馬に乗って遠くまで出かけました。それを「遠乗り」と言います。
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ある日、殿様は家来と遠乗りに出かけました。季節は秋で、天気が良く、紅葉もとてもきれいでした。殿様たちは長い時間馬に乗って疲れたので、少し休むことにしました。
殿様は水を一口飲んで、
「このへんは山が多くて、空気がうまい。やっぱり秋は遠乗りに限る!」
と家来に言いました。
「ええ、気持ちがいいですね」
「ここは何というところだ?」
「ここは目黒でございます」
「そうか。目黒か。よいところだ。だが、ずいぶん遠くまで来てしまったなぁ」
「そうですね。おなかもすいてきましたし、そろそろお城へ帰りましょう」
「待て! 何かいいにおいがするぞ?」
「におい?」
見ると、一軒の家の窓から煙が出ていました。
「あっ、あそこの家で何か焼いているようですね。ああ、このにおいは、さんまだ」
「さんま? 何だ、それは?」
「秋に獲れる魚です」
「そうか。では、一度食べてみるか」
「殿。いけません! さんまは身分が低い者が食べる魚でございます。殿のように身分が高い方が食べるものではありません」
「そうか……。しかし、いいにおいだ。では、少し見るだけでも」
「あっ、殿!」
殿様は馬を降りて、その家に入っていきました。
「すまない。失礼する」
家の中では、おじいさんが七輪でさんまを焼いていました。
「だれだ? あっ! お殿様!」
「これが、さんまか?」
「ええ。どうしてこんなところに!?」
さんまは、いい色に焼けていて、脂が火に落ちると、じゅっとおいしそうな音がします。
殿様は、ごくんと唾を飲みました。
「すまないが、これをいただけないか?」
「えっ! お殿様がさんまを!? すみません。これはわたくしの昼食でして……」
「何!? では、金をやろう。いくらほしい?」
「いりません。うちは食堂ではありません。お金いただいても、このさんまは譲りません」
「ええい! うるさい!」
殿様はおじいさんのはしを奪うと、さんまをつかんで、口の中に入れてしまいました。
「なっ! あぁー!」
「うまい!! こんなうまいものを食べたのは、初めてだ!」
こうして、殿様はひとりでさんまを全部食べてしまいました。
「ああ、うまかった。目黒は本当によいところだ」
殿様たちは、おじいさんにたくさんお金を置いて家を出ました。
お城に入るとき、家来は殿様に言いました。
「殿。今日、目黒でさんまを食べたことはお忘れください。このことはお城で絶対に言ってはいけませんぞ!」
「わかった。わかった。だれにも言わん」
ところが、殿様は目黒で食べたさんまの味が忘れられません。お城の食事には、もちろんさんまは出てきません。殿様は毎日、「さんまが食べたい」「さんまが食べたい」と思っていました。
ある日、殿様は親戚の家に出かけることになりました。殿様は喜びました。親戚の家では昼食に何でも好きなものが食べられるのです。
殿様は親戚の家に着くと、すぐに家の主人を呼んで、
「昼食は、さんまが食べたい!」
と言いました。
「さんま!? あの魚のさんまですか?」
「そうだ。悪いか!?」
「い、いえ。では、ご用意いたします」
主人は、すぐに料理番を呼んで、日本橋へさんまを買いに行かせました(このころ、日本橋には大きな魚市場がありました)。料理番はその魚市場で一番大きくて立派なさんまを買って来ました。
料理番は、このさんまでどんな料理を作ればいいか主人に相談しました。
「このさんまは、おいしそうだ」
「今朝銚子で獲れたばかりのさんまです。脂がのっていて、おいしいと思います。でも、脂が多いと、体によくないですかね?」
「う~ん。では、焼かないで蒸せ。蒸せば、脂も落ちるし、黒くならない」
「はい! それから、さんまは小さな骨がたくさんあります。もし骨がのどに刺さったら大変です」
「では、骨も全部取れ」
「はい! ところで、殿様はさんまを食べたことがあるんですか?」
「はっははは。お城で殿様にさんまを食べさせるわけがない。きっとだれかに聞いたんだ」
「そうですよね」
料理番は、さんまの頭を切って、おなかを開くと、内臓を全部取って、水できれいに洗いました。それを蒸してから、一本一本骨を取って、皮を取って、つぶして、丸めて、ゆでて、お椀に入れました。
昼食の時間。主人はそのお椀を殿様の前に出しました。
「さんまでございます。どうぞお召し上がりください」
「こ、これがさんまか?」
「はい。さんまでございます」
殿様は、はしで少しそれを取って、鼻に近づけました。
「んん~、たしかに少しさんまのにおいがする……」
殿様は、ゆっくりとそれを口に運びました。ですが、脂の落ちた蒸したさんまがおいしいわけがありません。
「まずい! これはどこのさんまだ!?」
「銚子のさんまでございます」
「銚子!? だから、まずいのだ。いいか。よく覚えておけ。さんまは目黒に限る!」
<おわり>