Wednesday, February 23, 2022

コーヒーでも飲みながら★★★★

 毎朝(まいあさ)、ある女性(じょせい)と大(おお)通(どお)りの交差点(こうさてん)ですれちがう。たぶん年(とし)はぼくと同(おな)じくらいだろう。特(とく)に美人(びじん)というわけではないけれど、はじめて見(み)かけたときから、どこか心(こころ)ひかれるものがあった。

話(はな)しかけてみたいと思(おも)うが、通(つう)勤(きん)途中(とちゅう)に声(こえ)をかけて、そのせいで遅刻(ちこく)させてしまったら申(もう)し訳(わけ)ない。彼(かの)女(じょ)はいつも急(いそ)いでいるようだし、ぼくもときどき寝(ね)ぐせがついていたりする。けど、実際(じっさい)は、彼女(かのじょ)は次(つぎ)の信号(しんごう)で止(と)まらないように急(いそ)いでいるだけかもしれないし、寝(ね)ぐせは完全(かんぜん)にぼくの責任(せきにん)だ。つまり、ぼくには勇気(ゆうき)がないのだ。

毎朝(まいあさ)、交(こう)差(さ)点(てん)で信(しん)号(ごう)を待(ま)ちながら、通(とお)りの向(む)こうにいる彼女(かのじょ)を眺(なが)めている。すれちがうときにハンカチでも落(お)としてくれないかなんて願(ねが)いながら。ただ、もしそんなことが起(お)きたとしても、「落(お)としましたよ」、「あっ、ありがとうございます」というやりとりだけで、それ以(い)上(じょう)の会(かい)話(わ)は続(つづ)かず終(お)わってしまうだろう。

だから、とりあえず今(いま)は、そんなふうに思(おも)える人(ひと)がぼくの日々(ひび)の生活(せいかつ)の中(なか)に存在(そんざい)するだけで十分(じゅうぶん)だ。ぼくは交差点(こうさてん)の神様(かみさま)に祈(いの)る。「明日(あす)もまた彼女(かのじょ)に会(あ)えますように」と。

 

その日(ひ)、ぼくは寝坊(ねぼう)して、寝(ね)ぐせ頭(あたま)のまま、あわてて家(いえ)を出(で)た。その交差点(こうさてん)までは歩(ある)いて15分(ふん)。いつもの時間(じかん)には間(ま)に合(あ)いそうにない。

ところが、交差点(こうさてん)に着(つ)くと、その日(ひ)に限(かぎ)って彼女(かのじょ)は信号機(しんごうき)の前(まえ)にある自動(じどう)販売機(はんばいき)で何(なに)か飲(の)み物(もの)を買(か)っていた。遠(とお)くて何(なに)を買(か)っているかはわからなかったが、後(うし)ろ姿(すがた)で彼(かの)女(じょ)だとわかった。

信号(しんごう)が青(あお)になり、いつものように交(こう)差(さ)点(てん)へ歩(ある)き出(だ)す。一(いっ)瞬(しゅん)彼女(かのじょ)と目(め)が合(あ)ったような気(き)がした。

 渡(わた)り終(お)えてちらっと振(ふ)り返(かえ)ると、彼女(かのじょ)は何事(なにごと)もなかったかのように遠(とお)ざかっていく。実際(じっさい)、自動(じどう)販売機(はんばいき)で飲(の)み物(もの)を買(か)って、いつもより少(すこ)し遅(おそ)い時(じ)間(かん)にぼくとすれちがっただけで、彼女(かのじょ)には特(とく)に何(なに)も起(お)きていない。そのとき、

「おめでとうございます!」と声(こえ)をかけられて、どきっとした。

自動(じどう)販売機(はんばいき)だった。「777」という数字(すうじ)が表示(ひょうじ)されている。どうやらこの自(じ)動(どう)販(はん)売(ばい)機(き)は飲(の)み物(もの)を買(か)うとルーレットが回(まわ)って、「777」のように数字(すうじ)が3つそろうと当(あ)たりで、好(す)きな飲(の)み物(もの)がもう1本(ぽん)もらえるらしい。

ということは、これは彼女(かのじょ)が買(か)ったときに当(あ)たったものだ。でも、彼女(かのじょ)はそれには気(き)づかずに交差点(こうさてん)を渡(わた)って行(い)ってしまったのだ。もう信号(しんごう)は赤(あか)だ。今(いま)さら呼(よ)びに行(い)くわけにはいかない。この自動(じどう)販売機(はんばいき)の当(あ)たりもそのうち消(き)えてしまうだろう。仕方(しかた)がない。ぼくは一番下(した)の段(だん)の右(みぎ)から2番目(ばんめ)にあった水色(みずいろ)の缶(かん)コーヒーのボタンを押(お)した。

 

今日(きょう)は金曜日(きんようび)だから、次(つぎ)に彼(かの)女(じょ)に会(あ)うのは月曜日(げつようび)だ。けど、月曜(げつよう)の朝(あさ)にこの缶(かん)コーヒーを渡(わた)したとしても彼(かの)女(じょ)は喜(よろこ)んではくれないだろう。むしろ、怪(あや)しい男(おとこ)だと嫌(きら)われてしまうかもしれない。しかも、あまり考(かんが)えずに押(お)したから、それは砂糖(さとう)とミルクの入(はい)った甘(あま)いコーヒーだった。ぼくは、コーヒーはブラックで飲(の)む。甘(あま)いコーヒーはあまり好(す)きじゃない。

そんなことを考(かんが)えながら歩(ある)いていたら会社(かいしゃ)に着(つ)いた。入口(いりぐち)の前(まえ)で警備員(けいびいん)のおじさんが眠(ねむ)そうな顔(かお)で「おはようございます」とあいさつをしてきた。

ぼくはカバンから缶(かん)コーヒーを取(と)り出(だ)した。

「おはようございます。あのう、もしよかったら、これ、どうぞ。お仕(し)事(ごと)、お疲(つか)れ様(さま)です」

「え、いいんですか?」

「ええ、なんか眠(ねむ)そうだし」

「すみません。ありがとうございます」

警備員(けいびいん)のおじさんはうれしそうに受(う)け取(と)った。どうせ偶(ぐう)然(ぜん)手(て)に入(い)れたものだ。だれかの役(やく)に立(た)つなら、そのほうがいい。

 

 タイムカードを押(お)して、トイレで寝(ね)ぐせを直(なお)すと、仕(し)事(ごと)を始(はじ)めた。メールをチェックした後(あと)、30分(ぷん)ほど打(う)ち合(あ)わせをした。それから午(ご)前(ぜん)中(ちゅう)に取(とり)引(ひき)先(さき)に行(い)く予(よ)定(てい)が入(はい)っていたので、外(がい)出(しゅつ)することにした。すると、エレベーターを降(お)りたところで、さきほどの警備員(けいびいん)のおじさんに声(こえ)をかけられた。

「先(さき)ほどはコーヒー、ごちそうさまでした」

「いえいえ、気(き)にしないでください」

「お礼(れい)と言(い)ってはなんですけど、これ、もらってくれませんか?」

と言(い)って、チケットを2枚(まい)差(さ)し出(だ)してきた。

「えっ、これは?」

「クラシックのコンサートのチケットです。本当(ほんとう)は、今晩(こんばん)、家内(かない)と聴(き)きに行(い)く予(よ)定(てい)だったんですが、ゆうべ家内(かない)がぎっくり腰(ごし)になって行(い)けなくなってしまって……」

「そうだったんですか」

今朝(けさ)眠(ねむ)そうにしていたのは、そういうわけか。

「私(わたし)一人(ひとり)で行(い)くわけにもいかないし……。今晩(こんばん)、何(なに)か用事(ようじ)がありますか?」

「いえ、特(とく)に」

「じゃあ、ぜひ行(い)ってみてください。すばらしいですよ」

「そうですか。じゃあ、遠慮(えんりょ)なくいただきます。ありがとうございます」

 クラシックにはあまり興味(きょうみ)はないけど、せっかくだから行(い)ってみようかと思(おも)った。

 

 昼(ひる)休(やす)みに先(せん)輩(ぱい)の小田島(おだじま)さんと会(かい)社(しゃ)近(ちか)くのトンカツ屋(や)に行(い)った。二人(ふたり)ともカツ丼(どん)を注文(ちゅうもん)して待(ま)っている間(あいだ)、小田島(おだじま)さんがこんなことを言(い)い出(だ)した。

「なあ、長谷川(はせがわ)。おれ、今晩(こんばん)彼女(かのじょ)と食事(しょくじ)に行(い)くんだけど、どこかどおしゃれな店(みせ)、知(し)らない?」

「小田島(おだじま)さん、彼女(かのじょ)がいないぼくがおしゃれな店(みせ)を知(し)ってると思(おも)いますか?」

「そうだよなあ。知(し)ってるわけないか。あーあ、もう彼女(かのじょ)とは長(なが)い付(つ)き合(あ)いだから、デートで行(い)くところなんてだいたい決(き)まってて、いちいち考(かんが)えたりしないんだよね。なのに、突然(とつぜん)『(「)たまに違(ちが)うところに行(い)きたい』(」)なんて言(い)うから困(こま)っちゃうよ」

「ふうん、つまり、先輩(せんぱい)とのデートに飽(あ)きたってことですか?」

「そう。それか、おれに飽(あ)きたってことかも」

 小田島(おだじま)さんは本気(ほんき)なのか冗談(じょうだん)なのかわからない顔(かお)でため息(いき)をついた。ふとさっきのチケットのことを思(おも)い出(だ)した。

「ねえ、小田島(おだじま)さん。クラシックのコンサートって行(い)ったことありますか?」

「クラシック? ないよ。クラシックなんか学校(がっこう)の音楽(おんがく)の授業(じゅぎょう)で聴(き)いて以(い)来(らい)」

「じゃあ、もちろんデートで行(い)ったこともありませんよね?」

「もちろん」

 ぼくはスーツの内(うち)ポケットからチケットを差(さ)し出(だ)した。

「何(なん)だよ。それ?」

「今晩(こんばん)、このクラシックのコンサートに行(い)ってください! すばらしいですよ。彼(かの)女(じょ)もきっと喜(よろこ)ぶはずです」

「え、いいの? でも……寝(ね)ちゃうかも」

「ダメです。今(いま)すぐメールで誘(さそ)ってください」

「……わかったよ。でも高(たか)いだろ?」

「タダでいいです」

「ほんと? じゃ、遠慮(えんりょ)なく」

 そう言(い)うと、小田島(おだじま)さんはチケットを受け取り、すぐにケータイでメールを打(う)った。そして、ちょうどカツ丼(どん)を食(た)べ終(お)えたとき、小田島(おだじま)さんのケータイが鳴(な)った。彼(かの)女(じょ)からの返(へん)信(しん)だ。

「おお、なんかすごく喜(よろこ)んでるぞ! ハートマークとか絵文字(えもじ)がたくさんついてる。長谷川(はせがわ)、ありがとう!」

「よかったですね。でも、小田島(おだじま)さん、絶対(ぜったい)にコンサート中(ちゅう)、居(い)眠(ねむ)りしないでくださいよ」

 

 夕方(ゆうがた)、急(きゅう)に雨(あめ)が降(ふ)り出(だ)した。朝(あさ)慌(あわ)てて出(で)てきたので、天気(てんき)予報(よほう)を見(み)ていなかった。

仕(し)方(かた)ない。近(ちか)くのコンビニまで走(はし)って行(い)って、ビニール傘(かさ)でも買(か)おうか。

ため息(いき)をつくと、窓(まど)の近(ちか)くに立(た)っていた小田島(おだじま)さんが近(ちか)づいて来(き)た。

「長谷川(はせがわ)、どうした? ため息(いき)なんかついて。そんなにデートできるおれがうらやましいのか? おまえも早(はや)く彼(かの)女(じょ)見(み)つけろよ」

「そんなんじゃないですよ。ただ傘(かさ)を忘(わす)れただけですから」

「なんだ。傘(かさ)か……あっ、そうだ!」

 小田島(おだじま)さんはロッカーのほうに行(い)き、何(なに)やらがさがさ探(さが)し始(はじ)めた。そしてしばらくすると、手(て)に紫色(むらさきいろ)の傘(かさ)を持(も)って戻(もど)ってきた。

「ほら、さっきのチケットのお礼(れい)だ。やるよ」

「いいんですか?」

「ああ。去年(きょねん)の忘年会(ぼうねんかい)のときにビンゴゲームやっただろ。そのときに、もらった傘(かさ)だ。ちょっと派手(はで)だから、置(お)き傘(がさ)にしてたんだ。でも新品(しんぴん)だぞ」

「いいんですか。ありがとうございます」

 小田島(おだじま)さんは腰(こし)に手(て)を当(あ)て、満足(まんぞく)そうに「うんうん」とうなずいた。

 

終業(しゅうぎょう)時間(じかん)になると、小田島(おだじま)さんはすぐに会社(かいしゃ)を出(で)ていった。ぼくは雨(あめ)が降(ふ)っていても、いつもなら歩(ある)いて帰(かえ)るが、今日(きょう)はバスで帰(かえ)ることにした。というのも、小(お)田(だ)島(じま)さんにもらった傘(かさ)をさしてみると、子(こ)どもに人気(にんき)のゲームキャラクターが大(おお)きくプリントされていたからだ。思(おも)わずつぶやいた。

「小田島(おだじま)さん、ちょっとどころかド派手(はで)じゃないですか……」

恥(は)ずかしくて、ずっとこの傘(かさ)をさして帰(かえ)る気(き)にはなれなかった。

 バスはけっこう込(こ)んでいたが、なんとか座(すわ)れた。ただ、途中(とちゅう)から男(おとこ)の子(こ)を連(つ)れたおばあさんが乗(の)ってきたので席(せき)を譲(ゆず)ってあげた。おばあさんは丁寧(ていねい)にお礼(れい)を言(い)って男(おとこ)の子(こ)を座(すわ)らせた。まだ雨(あめ)は止(や)まなかった。

近所(きんじょ)のバス停(てい)に着(つ)くと、おばあさんと男(おとこ)の子(こ)もいっしょに降(お)りた。バス停(てい)には屋根(やね)がついている。ぼくはド派手(はで)な傘(かさ)を見(み)られたくなくて、そこでみんながいなくなるのを少(すこ)し待(ま)つことにした。すると、おばあさんがだれかに電話(でんわ)をかけはじめた。だが、なかなかつながらないらしく、となりで男(おとこ)の子(こ)が心(しん)配(ぱい)そうにしている。どうやら傘(かさ)を持(も)っていないので、迎(むか)えを呼(よ)ぼうとしているようだ。

ぼくは握手(あくしゅ)をするように短(みじか)い間(あいだ)世話(せわ)になった傘(かさ)の柄(え)をぎゅっと握(にぎ)った。

「ねえ、ぼく。この傘(かさ)、見(み)て」

と言(い)って、男(おとこ)の子(こ)の前(まえ)でかがむと、傘(かさ)を開(ひら)いた。

「わあー、パケモン!」

 男(おとこ)の子(こ)はうれしそうにさけんだ。

「これ、あげる」

 すると、おばあさんが「え、そんな……」と言(い)った。

「いいんです。ぼくの住(す)んでるアパートはすぐそこなので、走(はし)っていけば大丈夫(だいじょうぶ)です」

「本当(ほんとう)にいいんですか」

「ええ」

 男(おとこ)の子(こ)に傘(かさ)を手(て)渡(わた)すと、どしゃぶりの雨(あめ)の中(なか)へ駆(か)け出(だ)した。

本当(ほんとう)は、アパートは「すぐそこ」というほど近(ちか)くはなかった。だから、部屋(へや)に着(つ)いた時(とき)、服(ふく)も靴(くつ)もぐしゃぐしゃに濡(ぬ)れてしまった。けど、悪(わる)い気分(きぶん)ではなかった。

 

 翌朝(よくあさ)、目(め)を覚(さ)ますと、すっかり雨(あめ)は上(あ)がっていた。朝(あさ)ご飯(はん)を食(た)べようと思(おも)ったが、冷蔵庫(れいぞうこ)の中(なか)は空(から)っぽだったので、近所(きんじょ)のコンビニへ行(い)くことにした。

 おにぎり2個(こ)とインスタント味噌汁(みそしる)を買(か)って店(みせ)を出(で)た。すると、駐車場(ちゅうしゃじょう)で

「あー! 昨日(きのう)のおにいちゃんだ!」

と指(ゆび)をさされた。

 昨日(きのう)傘(かさ)をあげた男(おとこ)の子(こ)だった。そのとなりにはスーツを着(き)た女性(じょせい)が立(た)っていた。

ぼくが「どうも」と軽(かる)くお辞儀(じぎ)をすると、その女性(じょせい)は近(ちか)づいて来(き)て深々(ふかぶか)と頭(あたま)を下(さ)げた。

「昨日(きのう)は母(はは)と息子(むすこ)が大変(たいへん)お世話(せわ)になりました。バスの中(なか)で席(せき)を譲(ゆず)っていただいただけでなく、傘(かさ)までいただいて、何(なん)とお礼(れい)を申(もう)したらいいか」

「いえいえ、そんな大(たい)したことはしてません」

「昨日(きのう)は急(きゅう)な仕事(しごと)が入(はい)ってしまって、田舎(いなか)から来(き)ていた母(はは)にこの子(こ)の世話(せわ)を頼(たの)んだんですが、この子(こ)が『チョコレートパフェが食(た)べたい』ってわがまま言(い)ったみたいで、二人(ふたり)で傘(かさ)も持(も)たずに街(まち)まで出(で)かけ行(い)って……。迎(むか)えにも行(い)けなくて、困(こま)っていたらしいので、本当(ほんとう)に助(たす)かりました」

「そうでしたか」

「母(はは)もこんな親切(しんせつ)な人(ひと)がいるのかって感心(かんしん)していました。それに、この子(こ)も傘(かさ)をすっかり気(き)に入(い)ったようで……あの傘(かさ)、本当(ほんとう)にいただいてもよろしいんですか?」

「ええ、もちろんかまいません」

「そうですか。では、ありがたく頂戴(ちょうだい)します。ですが、何(なに)かお返(かえ)しさせてください。いつでもけっこうですので、ここにいらしてください」と名刺(めいし)をくれた。

それからおじぎをすると、息子(むすこ)を連(つ)れてコンビニへ入っていった。

名刺(めいし)には彼女(かのじょ)の名前(なまえ)とドイツ語(ご)のような字(じ)で店名(てんめい)が書(か)かれていた。何(なん)の店(みせ)かわからないが、彼女(かのじょ)の肩書(かたがき)は「支店長(してんちょう)」となっている。たしかに仕事(しごと)ができそうな人(ひと)だった。

 おにぎりを食(た)べて、掃除機(そうじき)をかけ、たまっていた洗濯物(せんたくもの)を干(ほ)す。スーパーに行(い)って一週間(いっしゅうかん)分(ぶん)の食(しょく)料(りょう)を買(か)って来(く)ると、特(とく)にすることがなくなった。いつもなら、本(ほん)を読(よ)んだり映(えい)画(が)を見(み)たりするのだが、天気(てんき)もいいし、散歩(さんぽ)がてらその店(みせ)に行(い)ってみることにした。

 

 その店(みせ)は繁華街(はんかがい)の中心(ちゅうしん)にあった。ずいぶん立派(りっぱ)な店(みせ)構(がま)えだったので、少(すこ)し緊張(きんちょう)しながら店(みせ)に入(はい)った。

ショーケースに高級(こうきゅう)そうな腕(うで)時計(どけい)がずらりと並(なら)んでいた。どうやらドイツ製(せい)の腕(うで)時計(どけい)の店(みせ)のようだ。もう少(すこ)しちゃんとした格好(かっこう)で来(く)ればよかったと後悔(こうかい)したが、もう遅(おそ)い。とりあえず白(しろ)い手袋(てぶくろ)をした店員(てんいん)に朝(あさ)もらった名刺(めいし)を見(み)せ、彼女(かのじょ)がいるかどうか聞(き)いてみた。

「失礼(しつれい)ですが、アポイントはお取(と)りになっていらっしゃいますか」

「あ、いえ」

「承知(しょうち)しました。ただいま、確認(かくにん)いたします。失礼(しつれい)ですが、お名前(なまえ)は……」

「長谷川(はせがわ)です」

「少々(しょうしょう)お待(ま)ちください」

 ぼくはずいぶん失礼(しつれい)なことをしているような気(き)がしてきた。気(き)まずい空気(くうき)の中(なか)、店内(てんない)をうろうろしていると、彼女(かのじょ)がヒールを鳴(な)らしてやってきた。

「早(さっ)速(そく)来(き)てくださったんですね。ありがとうございます」

「ちょうど暇(ひま)だったもので」

「そう。何(なに)か気(き)に入(い)った時計(とけい)がありましたか?」

「あ、いや」

「ぜひお礼(れい)に一本(いっぽん)プレゼントさせてください」

「えっ!」

彼女(かのじょ)は近(ちか)くいた店員(てんいん)を呼(よ)ぶと、何(なに)か指示(しじ)をして、腕(うで)時計(どけい)を一(いっ)本(ぽん)持(も)ってこさせた。

「こちらの新(あたら)しいタイプなんかいかがですか。若(わか)い方(かた)に似(に)合(あ)うし、仕事(しごと)でもプライベートでも使(つか)えていいと思(おも)いますよ。それに……」

彼女(かのじょ)の説明(せつめい)は延々(えんえん)と続(つづ)いた。同(おな)じ一(いっ)本(ぽん)でも、傘(かさ)一本(いっぽん)と腕(うで)時計(どけい)一本(いっぽん)では釣(つ)り合(あ)わないだろうと思(おも)ったが、ぼくは断(ことわ)るタイミングをすっかり失(うしな)っていた。気(き)が付(つ)くと、ぼくは彼女(かのじょ)が最(さい)初(しょ)におすすめしてくれた時(と)計(けい)を腕(うで)に巻(ま)いて店(みせ)を出(で)ていた。

 

 翌日(よくじつ)の日曜日(にちようび)、昨日(きのう)もらった腕(うで)時計(どけい)をして出(で)かけた。大学(だいがく)時代(じだい)の後輩(こうはい)から、勤(つと)めていた事務所(じむしょ)を辞(や)め、独立(どくりつ)して自分(じぶん)の会計(かいけい)事務所(じむしょ)を開(ひら)いたという葉書(はがき)が届(とど)いていた。それで、お祝(いわ)いかたがた、のぞきに行(い)くことにしたのだ。

 事務所(じむしょ)はオフィス街(がい)のビルの2階(かい)にあった。

「おう、小林(こばやし)。おめでとう」

買(か)ってきたお菓子(かし)を渡(わた)した。

「わざわざすみません。ご覧(らん)の通(とお)り、まだ全然(ぜんぜん)片付(かたづ)いていませんが、ゆっくりしていってください」

 たしかに部屋(へや)の中(なか)は段(だん)ボールであふれていた。もう少(すこ)し時間(じかん)を置(お)いてから来(く)ればよかったかもしれない。

「奥(おく)さんは元気(げんき)?」

と聞(き)いてみると、

「いやあ、実(じつ)は今(いま)妊娠中(にんしんちゅう)でして。本当(ほんとう)はいろいろ手伝(てつだ)ってもらいたかったんですが」

と苦(にが)笑(わら)いで返(かえ)した。

「へえー、おめでたいね」

「ええ。ところが、そう単純(たんじゅん)に喜(よろこ)んでいられなくて……。双子(ふたご)なんですよ」

「へえー、じゃあ、ますますおめでたいじゃない」

「とんでもない。双子(ふたご)は子(こ)育(そだ)てが大変(たいへん)だって聞(き)いたことありませんか。独立(どくりつ)したばかりで仕事(しごと)もがんばらなきゃいけない時(とき)なのに……本当(ほんとう)にタイミングが悪(わる)くて……」

 結婚(けっこん)も子(こ)育(そだ)てもぼくには当分(とうぶん)縁(えん)がなさそうな話(はなし)だが、小林(こばやし)が落(お)ち込(こ)んでいるのはよくわかった。

「あまり暗(くら)い顔(かお)するなよ。客(きゃく)も来(こ)なくなるぞ」

「はい。……ところで、先輩(せんぱい)は仕事(しごと)うまくいってるんですか。ずいぶん高級(こうきゅう)そうな時計(とけい)してますが」

 ぼくが昨日(きのう)覚(おぼ)えたばかりのドイツ語(ご)の店名(てんめい)を言(い)うと、彼(かれ)は目(め)を丸(まる)くした。そのブランドを知(し)っているようだ。

「ほしい?」

「ええ。でも、とても買(か)えませんよ……」と苦笑(にがわら)いした。

 ぼくは時計(とけい)を外(はず)して、小(こ)林(ばやし)にわたした。

「これ、やるよ。小林(こばやし)、おまえ、社長(しゃちょう)になったんだから、いい時計(とけい)をしないと。それに、もし金(かね)に困(こま)ったときは、これを質屋(しちや)で売(う)ればいい。中古(ちゅうこ)だけど3万円(まんえん)ぐらいになるだろ?」

「長谷川(はせがわ)先輩(せんぱい)、何(なに)言(い)ってるんですか。これ、3万(まん)どころか、30万(まん)はしますよ。そんな高(たか)いもの、もらえませんよ。お返(かえ)しします」

「えっ!? そんなにするの? ……いいから、もらっとけ! それに、それ、もらいものなんだ」

「もらいもの? じゃ、なおさら、あげちゃまずいじゃないですか」

「う~ん。そうじゃないんだ。あげる運命(うんめい)なんだよ。きっと。」

「運命(うんめい)?」

「そう。そして、おれは代(か)わりに何(なに)かをもらう運命(うんめい)……」

 段(だん)ボールだらけの部屋(へや)を見(み)回(まわ)すと、隅(すみ)の方(ほう)に野球(やきゅう)のバットが置(お)いてあった。ソファーから立(た)ち上(あ)がって、そのバットをつかんでみる。古(ふる)い木(き)のバットだ。

「なあ、小林(こばやし)。このバット、もらってもいいか?」

「え、はい。泥棒(どろぼう)が来(き)たときのためにって実家(じっか)に置(お)いてあったのを持(も)ってきただけですから、別(べつ)にほしかったら、どうぞ」

「よし。じゃあ、このバットとその腕(うで)時計(どけい)を交換(こうかん)だ」

「えっ!?」

「おれ、高校(こうこう)時代(じだい)、野球部(やきゅうぶ)だったんだ。最近(さいきん)、なんか運動(うんどう)不足(ぶそく)で、ちょうどバットがほしいなあって思(おも)ってたんだよ」

「うそだー! 前(まえ)に高校(こうこう)じゃサッカー部(ぶ)だったって言(い)ってたじゃないですか!」

 小林(こばやし)は楽(たの)しそうに声(こえ)をあげて笑(わら)った。それから、大学(だいがく)時代(じだい)の思(おも)い出(で)話(はなし)や、その頃(ころ)の仲間(なかま)の話(はなし)をしたりした。暗(くら)い顔(かお)をしていた小林(こばやし)が、すっかりいつもの明(あか)るい小林(こばやし)に戻(もど)っていた。

帰(かえ)るとき、腕(うで)時(ど)計(けい)をテーブルの上(うえ)に置(お)いたままバットを持(も)って行(い)こうとすると、

「本気(ほんき)だったんですか!?」

と驚(おどろ)かれた。

 

 事務所(じむしょ)を出(で)たあと、ラーメンを食(た)べ、そのままバッティングセンターに向(む)かった。

200円(えん)で20球(きゅう)。機械(きかい)が投(な)げるボールを打(う)つだけだが、案(あん)外(がい)楽(たの)しくて、ストレス解消(かいしょう)になる。それに、100km/hを超(こ)える球(たま)を打(う)つのはなかなか難(むずか)しく、うまく当(あ)たったときは爽快(そうかい)だ。バッティングセンターに来(き)たのは久(ひさ)しぶりだが、以前(いぜん)は毎週(まいしゅう)のように通(かよ)っていた。

 コインを入(い)れ、バッターボックスで木(もく)製(せい)バットを構(かま)えた。けっこう重(おも)いので、慣(な)れるのに少(すこ)し時(じ)間(かん)がかかったが、だんだん芯(しん)に当(あ)たるようになった。続(つづ)けて1000円分(えんぶん)バットを振(ふ)ると、さすがにくたびれた。少(すこ)しベンチに座(すわ)って休(やす)むことにした。

涼(すず)しい風(かぜ)が吹(ふ)いてきた。しばらくぼうっとしていると、となりに座(すわ)っていたおじいさんが話(はな)しかけてきた。

「さっきのホームラン、見事(みごと)でしたよ」

「あ、恐(おそ)れ入(い)ります」

最(さい)後(ご)に打(う)った一(いっ)発(ぱつ)は、自分(じぶん)でもびっくりするぐらいの当(あ)たりで、ずいぶん遠(とお)くまでボールが飛(と)んでいった。

「わたしはとなりのゴルフの練習場(れんしゅうじょう)に通(かよ)ってるんですが、疲(つか)れるとこっちに来(き)て、こうやってだれかのバッティングをぼんやり眺(なが)めてるんですよ」

「ああ、そうでしたか。野球(やきゅう)がお好(す)きなんですか?」

「ええ。わしらの少年(しょうねん)時代(じだい)はみんな野球(やきゅう)に夢(む)中(ちゅう)でした。特(とく)に中島(なかじま)昭(あきら)が大活躍(だいかつやく)した時代(じだい)ですからね」

「中島(なかじま)昭(あきら)と言(い)えば、あのホームラン王(おう)ですね」

 サッカー部(ぶ)のぼくでももちろん知(し)っている超(ちょう)有(ゆう)名(めい)な野(や)球(きゅう)選(せん)手(しゅ)だ。

「そう。試合(しあい)を見(み)に行(い)ったときのことは、今(いま)でもよく覚(おぼ)えていますよ」

 おじいさんは本当(ほんとう)に中島(なかじま)昭(あきら)が好(す)きなようで、話(はなし)が止(と)まらなかった。

「そうそう。中島(なかじま)もそんな感(かん)じのバットを使(つか)っていました」

と言(い)って、ぼくの持(も)っていたバットに目(め)をやった。ぼくも改(あらた)めてバットを見(み)てみると、真(ま)ん中(なか)のあたりが黒(くろ)く汚(よご)れていた。

「よかったら、持(も)ってみますか」

とバットを手(て)渡(わた)すと、おじいさんはすっと立(た)ってバッティングの構(かま)えをした。そして、大(おお)きくバットを振(ふ)った。年(とし)のわりにはしっかりしたスイングだ。

「ははは、これじゃ、ホームランは打(う)てませんねえ」

「いやいや、なかなかいいスイングでしたよ」

 そのとき、おじいさんは持(も)っていたバットを返(かえ)そうとして、動(うご)きを止(と)めた。

「ん? これは……」

「え、どうかしましたか?」

 おじいさんは目(め)を見(み)開(ひら)いた。

「こ、これは中島(なかじま)のサインじゃないか!」

「えっ!?」

 バットの黒(くろ)く汚(よご)れていると思(おも)ったところは、実(じつ)はサインが書(か)かれていたのだ。

「まさか本人(ほんにん)が使(つか)っていたバット…… きみ! だめじゃないか! こんなありがたいバットをバッティングセンターで使(つか)うなんて!」

 さっきまで上品(じょうひん)な話(はな)し方(かた)をしていた穏(おだ)やかなおじいさんが、急(きゅう)に怒(おこ)り出(だ)した。

「すみません! 知(し)らなかったんです。そんな貴重(きちょう)なものだとは……」

 それから、しばらくおじいさんはじっとバットを見(み)つめていた。気(き)が付(つ)くと、おじいさんの目(め)には涙(なみだ)が浮(う)かんでいた。きっと少年(しょうねん)のころを思(おも)い出(だ)しているのだろう。ぼくの心(こころ)はもう決(き)まっていた。

「おじいさん、そのバットさしあげます」

「い、いいんですか。ゆずっていただけるなら、お金(かね)は出(だ)しますが」

「いえ、お金(かね)はけっこうです」

「しかし、タダでもらうというわけにはいきません。ただ、今(いま)、現金(げんきん)はあまり持(も)っていなくて……困(こま)ったなあ……」

 おじいさんは考(かんが)え込(こ)んだ。その間(あいだ)にぼくも考(かんが)えた。

ぼくは何(なに)を望(のぞ)んでいるんだろう。缶(かん)コーヒーから始(はじ)まって、コンサートチケット、傘(かさ)、時計(とけい)、バット。もらったものをあげただけで、大(たい)したことはしていないのに、みんな喜(よろこ)んでくれた。ぼくはその間(あいだ)にたくさんの思(おも)いがけない経験(けいけん)ができて、楽(たの)しい週(しゅう)末(まつ)を過(す)ごせた。これで、もう十(じゅう)分(ぶん)なんじゃないか。

 ベンチのとなりに自動(じどう)販売機(はんばいき)があった。ぼくは、おじいさんに

「缶(かん)コーヒーをおごってくれませんか?」

と言(い)った。

「缶(かん)コーヒー?」

「ええ、この自動(じどう)販売機(はんばいき)でコーヒーを1本(ぽん)ごちそうしてくれれば、それで十分(じゅうぶん)です」

 おじいさんはしばらく不思議(ふしぎ)そうな顔(かお)をしていたが、

「長(なが)く生(い)きていると、こういうこともあるのか……。では、神様(かみさま)からのプレゼントだと思(おも)って、ありがたくいただくことにするよ」

と最後(さいご)はにっこり笑(わら)って、缶(かん)コーヒーを買(か)ってくれた。

 ぼくは心(こころ)の中(なか)で「その神様(かみさま)はきっと交差点(こうさてん)の神様(かみさま)ですよ」とつぶやいた。

おじいさんは自分(じぶん)の分(ぶん)もコーヒーを買(か)うと、記念(きねん)写真(しゃしん)を撮(と)ろうと言(い)い出(だ)した。ただ、おじいさんはケータイの使(つか)い方(かた)がよくわからないようで、結局(けっきょく)、ぼくのケータイで写真(しゃしん)を撮(と)っておじいさんに送(おく)ることになった。

夜(よる)、ベッドで水色(みずいろ)の缶(かん)コーヒーで乾杯(かんぱい)しているふたりの写真(しゃしん)を眺(なが)めた。やっぱり寝(ね)ぐせを直(なお)しておけばよかったと後悔(こうかい)した。

 

月曜日(げつようび)の朝(あさ)は、いつもより早(はや)く目(め)が覚(さ)めた。朝(ちょう)食(しょく)に卵(たまご)を焼(や)いて、コーヒーを入(い)れた。それを、テレビを見(み)ながら、ゆっくり食(た)べた。食(しょっ)器(き)を洗(あら)うと、丁寧(ていねい)にひげをそり、寝(ね)ぐせを直(なお)した。いつもの時間(じかん)に交差点(こうさてん)に着(つ)くように、いつもの時間(じかん)に家(いえ)を出(で)た。

交差点(こうさてん)の向(む)こうにスーツ姿(すがた)の彼女(かのじょ)がいた。今(いま)のぼくは偶然(ぐうぜん)彼女(かのじょ)がハンカチを落(お)とすことを期(き)待(たい)しなくてもいい。今日(きょう)なら彼女(かのじょ)に話(はな)しかけられる気(き)がした。

 信号(しんごう)が青(あお)に変(か)わる。彼女(かのじょ)がこちらに向(む)かって歩(ある)いてくる。心臓(しんぞう)の音(おと)が大(おお)きく鳴(な)る。

信号(しんごう)を渡(わた)らずにいるぼくを見(み)たら、彼女(かのじょ)はちょっと変(へん)に思(おも)うかもしれない。でも、きっと大丈夫(だいじょうぶ)。もらったものを返(かえ)すだけだ。

あと5mのところまで近(ちか)づいてきた。勇(ゆう)気(き)を振(ふ)り絞(しぼ)って

「あのう。ちょっといいですか」

と声(こえ)をかけた。

彼女(かのじょ)は、ぼくの目(め)の前(まえ)で立(た)ちどまり、にこっと笑(わら)って

「長谷川(はせがわ)さん、ですよね?」と言(い)った。

信(しん)じられない。一(いち)度(ど)目(め)をつぶってみたが、それは現実(げんじつ)だった。

「どうしてぼくの名前(なまえ)を?」

「祖父(そふ)に教(おし)えてもらいました。昨日(きのう)の晩(ばん)、祖父(そふ)が見(み)せてくれたんです。ふたりが缶(かん)コーヒーで乾杯(かんぱい)している写真(しゃしん)を」

「もしかして、あのおじいさんのお孫(まご)さん?」

「はい。びっくりしました。まさか毎日(まいにち)この交差点(こうさてん)ですれちがう人(ひと)が、祖父(そふ)といっしょに写真(しゃしん)に写(うつ)っているなんて」

「覚(おぼ)えていてくれたんですか。ぼくのこと?」

「ええ。すぐわかりました。寝(ね)ぐせの人(ひと)だって。あ、すみません。今日(きょう)は違(ちが)いますね」

「……」

うれしいやら恥(は)ずかしいやら複雑(ふくざつ)な気分(きぶん)だ。

「おじいちゃん、バットをもらってすごく喜(よろこ)んでいました。まるで子(こ)どもみたいに。本当(ほんとう)にありがとうございました」

「いや、本当(ほんとう)に大(たい)したことはしてないんです。それに、もともとはきみのおかげだから」

「えっ、わたしのおかげ?」

「うん。でも、これはちょっと長(なが)くて複雑(ふくざつ)な話(はなし)になるから、よかったら今度(こんど)どこかでゆっくり話(はな)しませんか。コーヒーでも飲(の)みながら」

 

(完(かん))


5 comments:

  1. いつも面白い話を書いてくれてありがとうございます。この話も楽しんで読ませていただきました。昔話の「わらしべ長者」に似ていますね!ブログで英語のブックレビューを書きました。
    https://dokushoclub.com/2022/07/11/n2-koohii-nominagara/

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    1. Arineさん、コメントをありがとうございます。たしかに、この作品は「わらしべ長者」をもとにして書きました。ただ、昔と違って物があふれる現代で、本当にうれしい贈り物とは何か考えるのが大変でした。ブックレビューも読みましたよ。同じ人物の話し方が相手によっていろいろ変わるというのは、自分では意識していなかったので、おもしろい発見でした。

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  2. 「巡り往くもの、 また巡り還る」 と言われています。このフィクションは、カナダで起こった実話に似ている。しかし、この語は、受け取る欲よりも、与える喜びについて語られているので、より楽しめました。長谷川さんが最後に100万円をもらうと思っていました。しかし、遠藤先生の''財''という概念は、遠藤先生の悟りの境地で、賢明な思想の証明です。

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    1. 楽しんで読んでくれてうれしいです。カナダの赤いクリップの話ですね。わたしもこの話を書いた後に知りました。この話は「わらしべ長者」という話をもとにしていますが、もともとはインドの方から伝わったとか。私はまだまだ悟りの境地には達していませんが、長谷川君はきっと何かを学んだのだと思います。

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    2. あ!この話、半年ぐらい前に読みました。ここでも、不要な持ち物を他人と交換するという一つところで3つの物語が会うのだが、赤いクリップもわらしべ長者も、大きな家に大きな価値を与え、紙クリップやわらしべを過小評価する一点突破の視点を持っているのだ。例えるなら、主人公が金髪の女の子と結婚することになるような話だ。主人公はみんな美人でなければならないとか、肌の色が決まっていなければならないとか、美の視点は一つです。遠藤先生のお話で私が好きなのは、社会で一般的に価値があるものでなく、本当に必要なものを手に入れるという発想にひねりを加えているところです。

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