Sunday, February 28, 2021

幽霊床屋(ゆうれいとこや)★★★★

 (わたし)名前(なまえ)()()(れい)()今年(ことし)三十歳(さんじゅつさい)になる去年(きょねん)(じゅう)()(がつ)、ここ柳之(やなぎの)下町(したまち)(ちい)さな(とこ)()(ゆう)」を(ひら)いた。

柳之(やなぎの)下町(したまち)(ふる)(まち)で、(ずい)(おう)()という(おお)きなお(てら)がある。「(ゆう)」はそのお(てら)のお(はか)(うら)にある。はっきり()って場所(ばしょ)()くない。建物(たてもの)(ふる)いし、お(はか)(みせ)(あいだ)(おお)きな(さくら)()があって(ひる)()でも()があまり()たらないだが()(ちん)(やす)い。それに、柳之(やなぎの)下町(したまち)(さん)()年前(ねんまえ)から(あたら)しいマンションや(だん)()()って(じゅう)(にん)()えている(かね)はないが、自分(じぶん)(みせ)ほしい。ということで(なや)んで(なや)んでここに()めた。

 (さい)(しょ)はお(きゃく)さんがぜんぜん()なかった。でも、がんばって近所(きんじょ)チラシを(くば)ったら、だんだんお(きゃく)さんが()るようになった。それでも、(へい)(じつ)はなかなかお(きゃく)さんが()えないので、(せん)(げつ)から(あたら)しいサービスを(はじ)めた。

 (ひと)つは、(よる)()までだった営業(えいぎょう)()(かん)を9()でに()ばすことだ。(へい)(じつ)(かい)(しゃ)(いん)()(ごと)(がえ)りでも()やすいようにした。

 もう(ひと)のサービスは、()ども(わり)(びき)だ。ほか(みせ)カットのみで1000(えん)ぐらいだが、うちの(みせ)(おも)()って777(えん)にした。()ども()れて()るお(とう)さんやお(かあ)さんも(きゃく)さんになってくれる(おも)ったからだ。(いま)、そのサービス何歳(なんさい)までにしようか(かんが)えているところだ。やっぱり(しょう)(がく)(せい)までかな。中学生(ちゅうがくせい)一人(ひとり)()られるし。

 でも、(じつ)は、(おとこ)()はあまり()きじゃない。なぜなら、(しょう)(がく)(せい)とき、クラスの(おとこ)()たちに()()(れい)()」という名前(なまえ)をからかわれて、幽霊(ゆうれい)」と()れていたからだ。そして、(いま)でも(きん)(じょ)()どもたちの(あいだ)では、この(みせ)は「(ゆう)(れい)(とこ)()」と()ばれているらしい。

 

 三月(さんがつ)なのに、その()(ゆき)()っていた。午後(ごご)()(はん)()ぎた。今日(きょう)のお(きゃく)さんは(ひる)()二人(ふたり)だけかと(おも)っていると、ドアが()(おと)がした。

「すみません。まだ()いていますか?」

 お(きゃく)さんは(さん)(じゅう)(だい)(なか)ぐらい女性(じょせい)だった。()(たか)くてモデルのようだった。

「はい。大丈夫(だいじょうぶ)ですよ。どうぞ」

 (かの)(じょ)はコートを()いで、いすに(すわ)った。(かさ)()っていなかったようで、(かみ)()れてい

いすに(すわ)ると、(おも)ったより()(たか)くなかった。ヒールの(たか)(くつ)()いていたのだ。こういうタイプの(じょ)(せい)(とこ)()()るのは(めずら)しい。

今日(きょう)はどうしましょうか?」

「ええと、女性(じょせい)でも大丈夫(だいじょうぶ)なんですよね? (じつ)()(よう)(いん)しか()ったことがなくて、(とこ)()()たのは(はじ)めてなんです

(だい)(じょう)()ですよ。(さい)(きん)(とこ)()()(じょ)(せい)()えているんです。(かお)()もできますし。この(みせ)(いま)はまだ(だん)(せい)のお(きゃく)さんがほとんどなんですが、(ほん)(とう)(じょ)(せい)のお(きゃく)さんもたくさん()てほしなあと(おも)ってんです」

「ああ、よかった。ここは(おそ)()(かん)でも()いているし、(じょ)(せい)(かた)()ってくれるって()いたから。じゃあ、カットと(かお)()りをお(ねが)いします」

「はい。かしこまりました」

 (かみ)をタオルで(かわ)かし、(くし)でとかすと、カットを(はじ)めた。

 カットを(はじ)めて二十分(にじゅっぷん)ぐらいたったころ、

明日(あした)息子(むすこ)小学校(しょうがっこう)卒業式(そつぎょうしき)なんです」

彼女(かのじょ)()った。

「そうですか。おめでとうございます。明日(あした)()れるといいですね」

「ええ。でも、あの()(ゆき)だったから……」

「あの()? あっ、そうでしたね。明日(あした)三月(さんがつ)十一日(じゅういちにち)ですね。もう()(ねん)かあ。(はや)いですね。あのときは大変(たいへん)でしたね。(わたし)(べつ)(みせ)(つと)めてたですけど、あの()(しん)()きたときは(えい)(ぎょう)(ちゅう)だったので、(もの)(たお)れるし、(まど)ガラスは()れるし。お(きゃく)さんもカットやパーマがまだ()(ちゅう)でも『(かえ)りたい!』って()うし……(わたし)電車(でんしゃ)()まっていたので、(いえ)まで(ある)きましたよ。()()(かん)

()(ぞく)(だい)(じょう)()だった?」

「はい。実家(じっか)山形(やまがた)なので大丈夫(だいじょうぶ)でしたはいカットできましたが、いかがですか?」

 彼女(かのじょ)(かがみ)()ると、にっこり(わら)った。

「うん。(かみ)()るのはひさしぶりだから、ちょっと心配(しんぱい)だったんだけど、とってもいい」

「そうですよ。女性(じょせい)はやっぱりおしゃれないと!」

「そうね……」

 なぜか(かの)(じょ)(すこ)(かな)しそうな(かお)をした。(わたし)なんだか(こえ)をかけづらくて、それからしばらく(なに)(はな)さなかった。

 (かみ)(あら)い、(あたま)(あたた)かいタオルで(つつ)むと、いすを(たお)して、(かお)()りを(はじ)めた。ほほに()れると、ずいぶん(つめ)たかった。(ぜん)()()()え、タオルで(かお)をきれいにふいた。そのとき、(かの)(じょ)(ふたた)(くち)(ひら)いた。

(ひろ)()っていうの」

「え?」

息子(むすこ)名前(なまえ)

「ああ」

「あの()から大希(ひろき)()っていないの」

「えっ……」

「あの()(くるま)()(もの)()かけたの。ほら、(みなと)(ちか)くに(おお)きなスポーツ用品(ようひん)(みせ)があるでしょ

「ええ」

大希(ひろき)野球(やきゅう)()きで、『グローブがほしい』って()から、主人(しゅじん)相談(そうだん)して()ってあげることにしたの。()(ねん)(せい)(しん)(きゅう)するお(いわ)いに。一人(ひとり)息子(むすこ)だから、つい(なん)でも()ってあげたくなっちゃうの

「じゃあ、()(もの)しているときに()(しん)()きたんですか?

「そう。(みせ)(なか)はめちゃくちゃになって、お(きゃく)さんも店員(てんいん)もみんな(こわ)がって……。()(しん)おさまって、だれかが()ったの。『()(なみ)()る』って。それを()いて、(いそ)いで(ちゅう)(しゃ)(じょう)()かったの。大希(ひろき)小学校(しょうがっこう)(うみ)からそんなに(はな)れていなかったから、()(ぶん)のことよりそれが心配(しんぱい)で。すぐに(むか)えに()かなくちゃって(おも)ったんだけど……(わたし)、こんなヒールの(たか)(くつ)()いてたから、(はし)れなくて……。やっと(みせ)()て、(ちゅう)(しゃ)(じょう)から(くるま)()したときにはもう(どう)()(くるま)でいっぱいで、全然(ぜんぜん)(すす)まなかったの。そこから小学校(しょうがっこう)までは(くるま)十分(じゅっぷん)もかからないんだけど、あの()は……。このままここに(くるま)()めて、(はし)って()こうかと(おも)ったけど、この(くつ)だし、(うし)ろの(くるま)(めい)(わく)になるかなって(おも)ったらできなくて……。ただ『(はや)く、(はや)く!』って(いの)ってた。――馬鹿(ばか)でしょ、(わたし)。どうしてこんな(くつ)()いて()ったんだろ。()(もの)()くだけなのに。もうお(かあ)さんなんだから、そんなにおしゃれなんかしなくてもよかったのに……」

 (かの)(じょ)()いていた。(そと)はまだ(ゆき)()ってい

「そんなことないですよ。お(かあ)さんになっても何歳(なんさい)でも、おしゃれをしていいんです。きっと大希(ひろき)くんもおしゃれできれいなお(かあ)さんのこと(だい)()だったはずですよ。今日(きょう)はメイクもして(かえ)りましょう」

「うん。ありがとう。(じつ)は、この(くつ)大希(ひろき)『お(かあ)さんに似合(にあ)ってる』って()ってくれたから()ったの」

 

 (よく)(じつ)()()ちのいい()れだった。

 お(ひる)()ぎ、もう(どう)()(ゆき)もすっかり()けてなくなったころ、(すこ)(おお)きめの(がく)(せい)(ふく)()少年(しょうねん)(みせ)にやってきた。(ひと)()()てわかった。昨日(きのう)(じょ)(せい)息子(むすこ)だ。(かお)がそっくりだった。一瞬(いっしゅん)、「わっ、幽霊(ゆうれい)!」と(おも)ったが、こんな(ひる)()(ゆう)(れい)()るわけがない。それに(ゆう)(れい)(せい)(ちょう)するというのも(へん)(はなし)大希(ひろき)くんは()きていたのだ。じゃあ、どうして彼女(かのじょ)は、「あの()から大希(ひろき)()っていない」なんて()ったんだろう?

大希(ひろき)くんでしょ?」

「あ、はい。え、なんでぼくの名前(なまえ)()ってるんですか?」

「きみのお(かあ)さんから()いたの。お(かあ)さんとそっくり。ねえ、卒業式(そつぎょうしき)、どうだった? お(かあ)さんも(よろこ)んでたでしょ?」

「……お(かあ)さんの()()いですか?」

「うん。(じつ)は、お(かあ)さん、昨日(きのう)この(みせ)()てくれたのよ

昨日(きのう)、ここに!? ほ、ほんと? ほんとにお(かあ)さんに()ったんですか?」

「う、うん」

 (しょう)(ねん)(くち)()けたまま、(みせ)(なか)をあちこち()()った。

幽霊(ゆうれい)床屋(とこや)って、本当(ほんとう)だったんだ!」

「えっ?」

「じゃあ、やっぱりあれはお(かあ)さんだったんだ! 今日(きょう)(そつ)(ぎょう)(しき)()てたんです。(とお)くからだったけど、みんな(とう)さんとお(かあ)さんといっしょに(なら)んで、ぼくのこと()てたんです」

「……」

「みんな(しん)じてくれないと(おも)ってだれにも()ってないけど。本当(ほんとう)なんです

「どういうこと?」

「ぼくのお(かあ)さん、()(ねん)(まえ)()くなってるんです。()(なみ)

 その言葉(ことば)()いた瞬間(しゅんかん)体中(からだじゅう)()()いていくのがわかった。

(おも)(かえ)してみると、()になることがいくつかあった彼女(かのじょ)(みせ)(はい)ってきたとき、(かみ)()れていた。(ゆき)()れていると(おも)ったけど、(さわ)ってみると()(つう)(みず)ではないようだった。あれは海水(かいすい)……。それに、(かお)()りで(はだ)()れたときに(かん)じた(つめ)たさ。そして、()(おく)るとき、ドアの(まえ)で「またいらしてください」と(あたま)()げた。けど、(あたま)()げたときには、(かの)(じょ)はもうどこにもいなかった

「さっきお(とう)さんと(ずい)(おう)()のお(はか)にお(まい)りしてきました。『卒業式(そつぎょうしき)()てくれてありがとう』って

 (おも)わず(まど)(ほう)()く。お(はか)()えないが、(さくら)()()える。(さむ)(ふゆ)()えた(ちい)さな(つぼみ)はこれからぐんぐん成長(せいちょう)していく。(はる)(とお)くない。

「お(とう)さんはいっしょに()ないんだね?

「はい。もう中学生(ちゅうがくせい)し、一人(ひとり)(だい)(じょう)()って()って()ました」

(えら)い! ねえ、大希(ひろき)くん(いま)でも野球(やきゅう)()きなの?」

「はい。(ちゅう)(がっ)(こう)でも()(きゅう)()(はい)ろうと(おも)っています

「そうなんだ」

「それで、(かみ)(みじか)くしようと(おも)って()んですど、()ども(わり)(びき)になりますか?」

「うん。なるよ。制服(せいふく)()てるけど、今日(きょう)はまだ小学生(しょうがくせい)でしょ」

「じゃあ、(ちゅう)(がく)(せい)になったら?」

 (すこ)(かんが)えた。

「もちろんなるよ。中学生(ちゅうがくせい)はまだ()ども!」

「う~ん」

「どうしたの? うれしくないの?」

割引(わりびき)になるのはうれしいけど、『まだ()ども』って()われるのは、ちょっと複雑(ふくざつ)気持(きも)……」

「ふふふ。ねえ、今日(きょう)のお(かあ)さん、どうだった? きれいだった?」

「さっきの(はなし)(しん)じてくれるんですか?」

「うん。もちろん。ちょっと複雑(ふくざつ)気持(きも)ちだけど」

「じゃあ、特別(とくべつ)(おし)えてあげます。()ずかしいからだれにも()わないでくださいね。今日(きょう)()たお(かあ)さんたちの(なか)で、うちのお(かあ)さんがいちばんきれいでした」

(かん)


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