榎谷ことり。17歳。ハンバーガーショップでアルバイトをしている普通の高校生。しかし、祖父は元探偵。父は刑事。彼女は大のミステリー好き。今日も彼女の近くで事件が起きる。
「ただいま」
「……」
返事がない。しかし、電気がついているので、母はうちにいるはずだ。いつも履いているくつがある。だが、そのとなりにはオレンジ色の派手なくつ。このくつは前にも見たことがある。芳子おばさんだ。母と二人でおしゃべりに夢中になっていて娘が帰ってきたことに気づいていないのだろう。
居間に入ると、芳子おばさんの声が聞こえた。
「怖いわねえ。まさか空き巣が入るなんて……」
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「あら、ことりちゃん。おじゃましてます」
「こんにちは。芳子おばさん。ケーキありがとうございます」
「えっ、どうしてお土産にケーキを買ってきたってわかったの?」
ことりはキッチンの方を指さした。
「ほら、カウンターにある箱。あれ、駅前のケーキ屋さんの箱でしょ? あの箱の大きさからすると、二人分じゃない。ケーキが4つか5つ入るぐらいの大きさ。おばさんは優しいから、きっと私とお父さんの分も買って来てくれたんじゃないかなって思ったの」
「でも、わたしが買ったかもしれないじゃない?」と母が言った。
「ううん。駅前へ出かけるなら、お母さんは化粧をするはず。お母さん、今、化粧してないでしょ。それに、お母さんはケチだから、誕生日でもない限り、絶対に高いケーキは買わない。あの店のケーキは1個600円もするんだから」
「すごーい! ことりちゃん。探偵みたい」
「この子、探偵だったおじいちゃんに憧れて、自分も将来探偵になりたいんですって」
「へえー」
ことりは、カウンターのケーキをお皿にのせると、母のとなりの席についた。
「ねえねえ、おばさん。さっき何の話をしてたの? 『空き巣』って言ってたけど」
「……実は、先週の金曜日、私の友だちの田中さんのうちに空き巣が入ったのよ。お金とか宝石を盗まれちゃって。その日の午後、田中さんは私とデパートに着物の展示会を見に行ってたから、ちょうどだれも家にいなかったの」
「鍵はちゃんとかけてた?」
「うん。でも、窓ガラスを割って、そこから鍵を開けて入ったみたい」
「へえー」
「毎週いっしょにスポーツジムに通っているんだけど、今日はショックで休んじゃって……」
「ふうん。おばさん、ジムに通ってるんだ」
「そうよ」
次の週、うちで夕飯を食べているとき、父が言った。
「昨日、また近くで空き巣が出たんだ。うちも気を付けないといけないぞ」
「ねえねえ、おとうさん。『また』って言ったけど、先週芳子おばさんの友だちが空き巣に入られたのと関係があるの? 今度はどこ?」
「男子大学生のアパートだ。その時と同じで留守の間に窓ガラスを割って鍵を開けて入ったようだ。たぶん同じ犯人だ」
「その男子大学生は事件が起きた時、何をしてたの?」
「ファミリーレストランで試験勉強をしていたらしい」
「ファミレスって、あの駅の近くのダニーズ?」
「ああ。こら、ことり、これ以上は聞くな。事件についてはまだ調べているところだから、本当は家族にも話しちゃいけないんだ」
「はーい。じゃあ、最後に一つだけ。事件が起きたのは何時ごろ?」
「はあ、しょうがないなあ。男子大学生が帰ってきて大家に連絡したのが、午後5時だ。2時ごろ、アパートの前を通りかかった人が『窓は割れていなかった』と言っているから、その間だろう」
窓ガラスを割って入るというのは、簡単だが危険な方法だ。昼間は見つかりやすい上に、まわりに人がいなくても、うちの中に人がいるかもしれない。それに、お金を探している間に住人が帰ってくるかもしれない。たぶん犯人は、その時間、その部屋の住人は出かけていて、留守になっていることを事前に知っていたのだろう。問題は、どこで、どうやって、その情報を知ったかだ。
次の日、学校が終わると、ことりはダニーズに向かった。平日の午後3時は、食事する人も少なく、客は2組しかいなかった。やはりそれらしい若い男性はいない。
注文を取りに来たメガネの店員に聞いてみた。
「すみません。おとといの午後、ここで勉強していた若い男性を知りませんか?」
「いえ、知りません。ぼく、おとといは仕事が休みだったんで」
「そうですか。でも、おとといじゃなくてもいいんです。よくここで勉強している若い男性はいませんか?」
メガネの店員は少し考えてから
「さあ、大学生はよく来るので、わかりません」
と言った。
「そうですか」
「その大学生、何かあったんですか?」
「空き巣に入られたんです」
その時、店員の後ろを通ろうとしていた赤い帽子をかぶった男性が足を止めた。
「それって、おれのこと?」
ことりは向かいの席に座った男性に自己紹介をした。そして、空き巣にあったおばを助けたくて、いろいろ調べていると説明した。本当はおばの友だちだが、自分のおばが事件にあったということにした。
男性は、はじめ少し怪しんでいたようだが、事件のことを話してくれた。
「貯金箱と大切にしてた野球カードのコレクションを全部持っていかれたんだ」
「よくこの店に来るんですか」
「ああ、今、試験期間中で図書館が込んでるから、最近はしょっちゅうここで勉強してるよ。夕方まではすいてるし。だから、おとといもその前の日もここで勉強してたんだ」
「おとといのその時間にここで勉強することをだれかに言いませんでしたか?」
「ううん、だれにも言ってな……。あっ、彼女には言った」
「いつどこで言いましたか?」
「前の日にここで勉強してたら彼女から電話がかかってきて、『明日の午後、映画を見に行かない?』って言うから、『悪いけど、明日も大学の試験があるから勉強しなきゃいけない』って答えたんだ。その時、ここで勉強することも言ったと思う。……ねえ、もしかして、おれの彼女を疑ってるの?」
「いえ、そういうわけじゃありません。ええと、その話をしている時、まわりにお客さんはいませんでしたか?」
「ううん、いなかった。電話が来た時、迷惑になるから外に出ようかなって思ったんだ。けど、まわりの席にだれもいなかったから、まあ、ここでもいいかって」
「そうですか。ところで、その帽子はいつもかぶっているんですか」
「ああ、そうだよ。いいだろ。この帽子、どこの野球チームか知ってる?」
それから、男性はその赤い帽子の野球チームについて長々と説明してくれた。
木曜日、ことりは駅裏にあるスポーツジムの前で芳子おばさんとその友だちの田中さんが出てくるのを待っていた。
芳子おばさんがわが家へ来た日は木曜日。毎週通っていると言っていたから、今日のはずだ。市内にスポーツジムはここ一つしかない。母に芳子おばさんの電話番号を教えてもらって電話で聞こうかと思ったけど、やはり直接自分の目で確かめておくことにした。
15時半ごろ、芳子おばさんと田中さんらしき人が入口から出てきた。ことりは少し離れたところから、二人の太った身体をゆっくり眺めた。そして、後ろから声をかけた。
「こんにちは。芳子おばさん」
「あら、ことりちゃん」
「偶然ですね。ちょうどよかった。おばさんたちにちょっと聞きたいことがあったんです」
「何?」
「おばさんたちはどのぐらいこのジムに通っているんですか?」
「そうね~。二人とも今年の4月から始めたから、だいたい半年ぐらいかしら」
「おばさんたち、事件があった日の前日にダニーズに行きませんでしたか?」
「えっ! どうして知ってるの?」
「やっぱり。そこで、次の日の午後、着物の展示会を見に行くことを話しませんでしたか?」
「ええ、話したわ」
「その時、まわりの席にだれかいましたか?」
「う~ん、どうだったかしら」
芳子おばさんが思い出せないでいると、田中さんがはっきりした声で言った。
「いなかったわ。わたし、声が大きいから、できるだけまわりに人がいない席を選ぶようにしているの。だから、あの時もまわりを見て、近くにだれもいないと思ったから、あの窓側の席にしたのよ」
「ありがとうございます。これで犯人がわかりました」
「えっ!」
自分の推理を父に話すと、父はすぐにダニーズに向かった。そして、店長に頼んで、二つの事件が起きた日の前日のシフト表を調べた。犯人はあのメガネの店員だった。
被害にあった二人はダニーズで「まわりにだれもいなかった」と言っていた。しかし、店員なら注文を取ったり、食器を片付けたり、自然に客に近づいて話を聞くことができる。二人もまさか店員が話を聞いていたなんて思わなかったようだ。
犯人は、仕事が終わった後、駐車場でお客さんが出てくるのを待っていて、後ろからこっそり家までつけていったらしい。そうやってよく店に来るお客さんの中で、空き巣に入りやすそうな家をチェックしていたのだ。
警察に連れて行かれると、すぐに罪を認めたそうだ。ギャンブルで借金をつくり、返す金に困っていたという。
次の日、学校から帰ってきたことりに母は聞いた。
「ねえ、ことり。ちょっとおかあさんにも詳しく教えてよ。どうしてダニーズの店員が犯人だってわかったの?」
「あの店員は最初から怪しいと思ったの。あの大学生は赤い帽子をかぶって目立っていたし、店にもよく来るって言ってたけど、あの店員は『知らない』って。それから、私は『若い男性』としか言ってないのに、あの店員は『その大学生』って言ったの。私は『大学生』なんて一言も言わなかった。つまり、あの店員は知ってたのよ。空き巣の被害にあった人が赤い帽子の大学生だって」
「へえー、そうだったんだ。それから、もう一つ不思議なことがあるの。芳子姉さんたちがダニーズに行ってたこと、なんでわかったの?」
「それは、おばさんたちの、カ、ラ、ダ。半年もジムに通っているのに、相変わらず太ってるでしょ。運動した後は、おなかがすく。きっといつもどこかに寄って何かおいしいものでも食べてたんじゃないかなって。ほら、ジムもダニーズもどっちも駅の近くにあるじゃない」
「そうかあ……。実はお母さんもダイエットのためにジムに通おうと思ってたんだけど、やっぱりやめようかなあ」
(完)
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