Monday, May 4, 2020

忍者少年ゼロ★★★★


――起(お)きろ!

という声(こえ)で、服部(はっとり)零(れい)也(や)は目(め)を覚(さ)ました。

テレビがついていた。部(へ)屋(や)にはだれもいなかった。

 今(いま)の声(こえ)はだれ? 夢(ゆめ)? 

 外(そと)はまだ明(あか)るい。時(と)計(けい)を見(み)ると、二(に)時(じ)だった。



 十(じゅっ)歳(さい)の夏(なつ)休(やす)み。零(れい)也(や)は東(とう)京(きょう)に住(す)んでいたが、夏(なつ)休(やす)みの間(あいだ)は祖父(そふ)の家(いえ)に預(あず)けられていた。

 両親(りょうしん)は毎日(まいにち)仕事(しごと)で忙(いそが)しく、どこにも連(つ)れて行(い)ってくれない。それなのに、いつも、「勉(べん)強(きょう)しろ」とうるさく言(い)う。そんな東京(とうきょう)のうちにいるより、田舎(いなか)で何(なに)もないとこだけど、こっちのほうがずっといい。おじいちゃんとおばあちゃんはとっても優(やさ)しいし、ぼくの遊(あそ)び相(あい)手(て)になってくれる。

  でも、今日(きょう)はふたりとも朝(あさ)早(はや)くに近(ちか)くの町(まち)へ買(か)い物(もの)に出(で)かけて行(い)った。出(で)かける前(まえ)に「夕(ゆう)方(がた)までには帰(かえ)るから、留(る)守(す)番(ばん)を頼(たの)むよ」とおじいちゃんが言(い)っていた。

 午(ご)前(ぜん)中(ちゅう)のうちに宿(しゅく)題(だい)を済(す)ませ、お昼(ひる)におばあちゃんが作(つく)ってくれたおにぎりを食(た)べた。普(ふ)段(だん)ならそのあとおじいちゃんと釣(つ)りに連(つ)れて行(い)ったりする。けど、今日(きょう)は特(とく)に何(なに)もやることがない。ゲームに飽(あ)きて、横(よこ)になってテレビを見(み)ているうちに寝(ね)てしまったようだ。



――急(いそ)いで外(そと)へ出(で)るんだ!

 また声(こえ)がした。夢(ゆめ)じゃない。その声(こえ)は、頭(あたま)の中(なか)に直(ちょく)接(せつ)聞(き)こえてくる。零(れい)也(や)は怖(こわ)くなって、部(へ)屋(や)の隅(すみ)に移(い)動(どう)した。

「だれ?」

 勇(ゆう)気(き)を出(だ)して聞(き)いてみた。

――今(いま)、説(せつ)明(めい)している時(じ)間(かん)はない。ここは危(き)険(けん)だ。早(はや)く外(そと)へ出(で)ろ!

「危(き)険(けん)? 何(なん)で?」

――早(はや)くしろ!

 零(れい)也(や)は、とにかくこの部屋(へや)を出(で)てみることにした。部屋(へや)の外(そと)なら、この声(こえ)も聞(き)こえなくなるかもしれない。

 だが、玄(げん)関(かん)の方(ほう)へ足(あし)を向(む)けると、また声(こえ)がした。

――そっちじゃない! 台(だい)所(どころ)の窓(まど)からだ。

「窓(まど)? でも、靴(くつ)がないし……」

 台(だい)所(どころ)は玄(げん)関(かん)と逆(ぎゃく)方(ほう)向(こう)にある。そのとき、ピンポーンとチャイムが鳴(な)った。

 お客(きゃく)さん? 

 ピンポーン。

また鳴(な)った。

――いいから、台所(だいどころ)へ行(い)け!

「でも……」

 少(すこ)し迷(まよ)ったが、声(こえ)を無視(むし)して玄(げん)関(かん)へ向(む)かった。

――だめだ! 行(い)くな!



 玄(げん)関(かん)の前(まえ)まで来(き)たとき、ダン、ダン、ダン、と戸(と)を叩(たた)く音(おと)がした。薄(うす)い戸(と)の向(む)こうから男(おとこ)の声(こえ)が聞(き)こえた。

「アニキ、だれもいないようですぜ」

「鍵(かぎ)を壊(こわ)せ」

「はい」

 ガンッ。戸(と)に硬(かた)いものがぶつかる音(おと)がした。心(しん)臓(ぞう)が飛(と)び上(あ)がった。

零(れい)也(や)はそっと靴(くつ)を取(と)り、台(だい)所(どころ)へ急(いそ)いだ。

 

 台(だい)所(どころ)に着(つ)くと、窓(まど)から靴(くつ)を放(ほう)り投(な)げ、足(あし)をかけて外(そと)に出(で)ようとした。だが、汗(あせ)で手(て)が滑(すべ)って、どしんとお尻(しり)から地(じ)面(めん)に落(お)ちてしまった。

 痛(いた)い……

 靴(くつ)を履(は)いていると、ガラガラという音(おと)が聞(き)こえた。戸(と)が開(あ)いたようだ。

 まずい。テレビをつけたままだ。でも、もう戻(もど)れない。早(はや)く逃(に)げなきゃ。でも、どこへ……

 この家(いえ)の周(まわ)りには田(た)んぼしかない。隣(となり)の家(いえ)までは一(いち)キロ以(い)上(じょう)離(はな)れている。それに家(いえ)の前(まえ)の道(どう)路(ろ)は一(いっ)本(ぽん)道(みち)だから追(お)って来(こ)られたら捕(つか)まってしまう。そのとき、頭(あたま)の中(なか)で声(こえ)がした。

――蔵(くら)だ!

 零(れい)也(や)は駆(か)け出(だ)した。

 

 裏(うら)庭(にわ)には小(ちい)さい畑(はたけ)があって、その奥(おく)に古(ふる)い蔵(くら)がある。蔵(くら)の中(なか)には釣(つ)りや畑(はたけ)仕(し)事(ごと)の道(どう)具(ぐ)がしまってあった。

 胸(むね)が苦(くる)しい。

 零(れい)也(や)は、はあはあと肩(かた)で息(いき)をしながら、薄(うす)暗(ぐら)い蔵(くら)の中(なか)へ入(はい)っていった。

ひんやりしていて涼(すず)しい。座(すわ)って休(やす)みたい。でも、早(はや)く隠(かく)れないと。

 戸(と)を閉(し)めると、また声(こえ)が聞(き)こえた。

――奥(おく)にタンスがある。その中(なか)に木(き)の箱(はこ)が入(はい)っている。それを開(あ)けろ!

「木(き)の箱(はこ)?」

 探(さが)すと、すぐにタンスは見(み)つかった。でも、タンスの引(ひ)き出(だ)しを下(した)から開(あ)けていったが、なかなか木(き)の箱(はこ)は出(で)てこない。零(れい)也(や)の身(しん)長(ちょう)では上(うえ)のほうは手(て)が届(とど)かない。周(まわ)りを見(み)ると、椅(い)子(す)があった。その椅(い)子(す)を運(はこ)んできて、靴(くつ)を脱(ぬ)いで上(あ)がると、上(うえ)のほうの引(ひ)き出(だ)しを開(あ)けていった。

 あった!

 結(けっ)局(きょく)、大(おお)きな木(き)の箱(はこ)が入(はい)っていたのは一(いち)番(ばん)上(うえ)の引(ひ)き出(だ)しだった。さっそく箱(はこ)のふたを開(あ)けようとしたが、なかなか開(あ)かない。そこで、一(いち)度(ど)箱(はこ)を取(と)り出(だ)して床(ゆか)に置(お)いた。両足(りょうあし)で箱(はこ)をはさんで思(おも)いっきりふたを引(ひ)っぱる。すると、少(すこ)し動(うご)いたかと思(おも)うと、急(きゅう)に、ばかっとふたが開(あ)いた。その勢(いきお)いで零(れい)也(や)は後(うし)ろに倒(たお)れ、またお尻(しり)を強(つよ)く打(う)った。

 痛(いた)たた……。えっ、何(なに)、これ?

 箱(はこ)の中(なか)から雲(くも)のような白(しろ)い煙(けむり)が出(で)てきた。そして、その煙(けむり)は、だんだん人(ひと)の形(かたち)に変(か)わっていく。

「やっと会(あ)えたな。服部(はっとり)零(れい)也(や)よ」

 この声(こえ)は、頭(あたま)の中(なか)でしていた声(こえ)だ。

 煙(けむり)の中(なか)から現(あらわ)れたのは老(ろう)人(じん)だった。そして、その顔(かお)はおじいちゃんにそっくりだった。けど、立(りっ)派(ぱ)な白(しろ)い髭(ひげ)を生(は)やして、浴衣(ゆかた)みたいな黒(くろ)い服(ふく)を着(き)ている。それに……足(あし)がない。ふわふわ宙(ちゅう)に浮(う)いている。

「だ、だれ?」

「わしはおまえの先(せん)祖(ぞ)、服部(はっとり)十(じゅう)衛門(えもん)だ」

「服部(はっとり)? じゃあ、ぼくのご先(せん)祖(ぞ)様(さま)?」

「ああ、そうだ。死(し)んでしまって、体(からだ)はもうない。今(いま)はおまえにだけ、わしの姿が見(み)えているのだ」

「へええ、そうなんだ。あっ、さっきは助(たす)けてくれてありがとう」

「ふん、まだ助(たす)かっておらんぞ。急(いそ)ぐんだ。もうすぐあの男(おとこ)たちがここへやってくる。早(はや)く、この箱(はこ)の中(なか)にある服(ふく)に着(き)替(が)えるんだ」

「着(き)替(が)える!?」

 箱(はこ)の中(なか)には古(ふる)い巻(まき)物(もの)と風(ふ)呂(ろ)敷(しき)のような布(ぬの)に包(つつ)まれた黒(くろ)い服(ふく)が入(はい)っていた。

 着(き)方(かた)は十(じゅう)衛門(えもん)が教(おし)えてくれた。十(じゅう)衛門(えもん)は着(き)替(が)え終(お)えた零(れい)也(や)を自(じ)分(ぶん)の前(まえ)に立(た)たせた。そして、目(め)を閉(と)じると、両(りょう)手(て)の人(ひと)差(さ)し指(ゆび)を合(あ)わせ、ぶつぶつ何(なに)かつぶやき始(はじ)めた。

 この服(ふく)は薄(うす)いけど、温(あたた)かい。それに、このにおい、なんだか懐(なつ)かしい。

突(とつ)然(ぜん)、懐(ふところ)に入(い)れてあった巻(まき)物(もの)が熱(あつ)くなった。気(き)が付(つ)くと、零(れい)也(や)の体(からだ)は不(ふ)思(し)議(ぎ)な光(ひかり)に包(つつ)まれていた。



「おい、この畑(はたけ)を見(み)ろ。足(あし)跡(あと)だ。どうやら子(こ)どものようだな」

 外(そと)から男(おとこ)たちの声(こえ)が聞(き)こえてきた。

 十(じゅう)衛門(えもん)は服(ふく)を包(つつ)んでいた風(ふ)呂(ろ)敷(しき)のような布(ぬの)を指(ゆび)さした。

「零(れい)也(や)よ。その布(ぬの)を両(りょう)手(て)で広(ひろ)げて高(たか)く上(あ)げ、壁(かべ)に背(せ)中(なか)をつけるんだ」

「えっ、そんなことしても、隠(かく)れられないよ。すぐに見(み)つかっちゃう!」

「馬(ば)鹿(か)者(もの)! 助(たす)かりたければ、言(い)う通(とお)りにしろ!」

 このご先(せん)祖(ぞ)様(さま)は、おじいちゃんと顔(かお)は似(に)てるけど、性(せい)格(かく)は全(ぜん)然(ぜん)違(ちが)う。厳(きび)しい。しょうがない……

 零(れい)也(や)は布(ぬの)を手(て)に取(と)り、言(い)われた通(とお)り、両(りょう)手(て)で広(ひろ)げて高(たか)く上(あ)げ、壁(かべ)に背(せ)中(なか)をくっつけた。すると、みるみる布(ぬの)が壁(かべ)の色(いろ)に変(か)わり、零(れい)也(や)の体(からだ)が壁(かべ)の中(なか)に吸(す)い込(こ)まれていった。

 なっ、何(なに)、これ!?

 ドアが開(ひら)き、男(おとこ)たちが蔵(くら)の中(なか)に入(はい)ってきた。

「おーい。いるんでしょ? 知(し)ってるよ。さっきまでテレビを見(み)ていた子(こ)だろ。早(はや)く出(で)て来(き)てよ。ちょっと聞(き)きたいことがあるんだ」

 玄(げん)関(かん)のところで聞(き)いた男(おとこ)の声(こえ)だ。若(わか)い感(かん)じがする。なんだか前(まえ)より声(こえ)や音(おと)がよく聞(き)こえる。足(あし)音(おと)も――二人(ふたり)、三人(さんにん)……四人(よにん)だ。

「ねえ、どこにいるの?」

 低(ひく)い声(こえ)の男(おとこ)がいらいらして、

「おい。待(ま)っていないで、早(はや)く探(さが)せ! 子(こ)どもと巻(まき)物(もの)だ」

と言(い)うと、

「はい、すみません。アニキ」

と男(おとこ)たちは緊(きん)張(ちょう)した様(よう)子(す)で蔵(くら)の中(なか)を探(さが)し始(はじ)めた。

 入(いり)口(ぐち)の方(ほう)からだんだんこっちに近(ちか)づいて来(く)る。

「ん?」

「どうかしましたか? アニキ」

「この椅(い)子(す)を見(み)ろ。ここだけほこりが落(お)ちているだろ。子(こ)どもの足(あし)の跡(あと)だ。間(ま)違(ちが)いない。ここにいる」

「おお、さすがアニキ」

 しかし、そのあと、男(おとこ)たちがいくら零(れい)也(や)のことを探(さが)しても見(み)つからなかった。

 信(しん)じられない。こんなに近(ちか)くにいるのに……

 三(さん)十(じゅっ)分(ぷん)ほど経(た)ったころ、アニキと呼(よ)ばれていた男(おとこ)の低(ひく)い声(こえ)が聞(き)こえた。

「もういい!」

「もう一(いち)度(ど)家(いえ)の方(ほう)を探(さが)しましょうか?」

「いや、一(いち)度(ど)引(ひ)き上(あ)げる。夕(ゆう)方(がた)、じいさんたちが帰(かえ)ってきてからだ」

 男(おとこ)たちの足(あし)音(おと)が遠(とお)くなり、やがて車(くるま)が発(はっ)進(しん)する音(おと)が聞(き)こえた。



 腕(うで)を下(お)ろすと、零(れい)也(や)の体(からだ)は壁(かべ)の外(そと)に出(で)て、布(ぬの)も元(もと)の色(いろ)に戻(もど)った。零(れい)也(や)は少(すこ)し戸(と)を開(あ)け、外(そと)を確(かく)認(にん)した。男(おとこ)たちはいなかった。畑(はたけ)の脇(わき)にある木(き)にカラス一(いっ)匹(ぴき)がいるだけだった。

 ふう、助(たす)かった……

 そこに再(ふたた)び十(じゅう)衛門(えもん)が現(あらわ)れた。

「よくやった」

とほめてくれたが、顔(かお)は怖(こわ)いままだ。

「ねえ、さっきぼくが布(ぬの)で消(き)えたのは、何(なん)だったの?」

「あれは隠(かく)れ身(み)の術(じゅつ)だ」

「隠(かく)れ身(み)の術(じゅつ)?」

「忍(にん)者(じゃ)の使(つか)う術(じゅつ)、忍(にん)術(じゅつ)だ。おまえは忍(にん)者(じゃ)になったのだ」

「ええっー! ぼくが忍(にん)者(じゃ)!?」

「そうだ。わしも忍(にん)者(じゃ)だ。おまえの身体(からだ)には忍(にん)者(じゃ)の血(ち)が流(なが)れているのだ」

「でも、おとうさんもおじいちゃんも忍(にん)者(じゃ)じゃないよ」

「……そう。残(ざん)念(ねん)なことに、時(じ)代(だい)とともに忍(にん)者(じゃ)は必(ひつ)要(よう)とされなくなり、だれも忍(にん)術(じゅつ)を覚(おぼ)えようとしなくなった。そして、子(し)孫(そん)は先(せん)祖(ぞ)が忍(にん)者(じゃ)であったことも忘(わす)れてしまった。しかし、零(れい)也(や)、おまえはまだ若(わか)い。そして良(よ)い心(こころ)を持(も)っている。わしは三(さん)百(びゃく)年(ねん)間(かん)、おまえのような者(もの)が現(あらわ)れるのをずっと待(ま)っていたのだ」

「ぼくを? ……けど、ぼく、背(せ)も低(ひく)いし、足(あし)も遅(おそ)いよ。運(うん)動(どう)も苦(にが)手(て)だし」

「心(しん)配(ぱい)するな。忍(にん)者(じゃ)に一(いち)番(ばん)大(たい)切(せつ)なもの。それは強(つよ)い心(こころ)だ。おまえは素(す)直(なお)で良(よ)い心(こころ)を持(も)っておる。きっと強(つよ)くなる。それに、信(しん)じられないかもしれないが、おまえの体(からだ)はもう忍(にん)者(じゃ)の力(ちから)を身(み)に着(つ)けているのだ。少(すこ)し跳(と)んでみろ」

「跳(と)ぶ? ジャンプするってこと?」

「そうだ」

「うん、やってみる。それ!」

 ゴンッ! 

 痛(いた)い! 頭(あたま)に何(なに)かぶつかった。て、天(てん)井(じょう)!? 信(しん)じられない。蔵(くら)の天(てん)井(じょう)まで五(ご)メートルはあるのに。

「馬(ば)鹿(か)者(もの)! 『少(すこ)し』と言(い)っただろ。加(か)減(げん)しないと、ケガをするぞ。その服(ふく)を身(み)に着(つ)け、忍(にん)者(じゃ)になった者(もの)は、身体(からだ)が軽(かる)くなり、普(ふ)段(だん)の十(じゅう)倍(ばい)以(い)上(じょう)の力(ちから)が出(だ)せるのだ」

「へえー。あ、もしかして耳(みみ)が良(よ)く聞(き)こえるようになったのも、忍(にん)者(じゃ)になったから?」

「そうだ。耳(みみ)、目(め)、鼻(はな)で様(さま)々なことを敏(びん)感(かん)に感(かん)じ取(と)ることができるのだ」

「すごい! これなら悪(わる)者(もの)からも逃(に)げられるね」

「ああ。だが、逃(に)げるだけではだめだ。大(たい)切(せつ)なものを守(まも)るためには、戦(たたか)わなければならない」

「大(たい)切(せつ)なもの……。あっ、おじいちゃんとおばあちゃん!」

「そうだ。そして、巻(まき)物(もの)だ。さっきの男(おとこ)たちが欲(ほ)しがっていたのは、その忍(にん)術(じゅつ)が書(か)かれた巻(まき)物(もの)だ。なぜかわからないが、どうやらあの男(おとこ)たちに巻(まき)物(もの)の存(そん)在(ざい)を知(し)られてしまったらしい。忍(にん)術(じゅつ)を使(つか)えば、だれにも気(き)づかれずに金(かね)を盗(と)ることも人(ひと)を殺(ころ)すことも簡(かん)単(たん)にできる。あの男(おとこ)たちがその巻(まき)物(もの)を手(て)にしたら、きっと恐(おそ)ろしいことが起(お)きるだろう。今(いま)、巻(まき)物(もの)を守(まも)れるのは零(れい)也(や)、お前(まえ)しかいない。頼(たの)む! 巻(まき)物(もの)を守(まも)ってくれ!」

 十(じゅう)衛門(えもん)が頭(あたま)を下(さ)げた。

 こんなふうにだれかに頼(たよ)られたのは生(う)まれてはじめてだ。それに、大(だい)好(す)きなおじいちゃんとおばあちゃんを守(まも)らなきゃ。

「ぼく、やるよ。ぼくが守(まも)る!」

「そうか。ありがたい。では、早(さっ)速(そく)、修(しゅ)行(ぎょう)だ。夕(ゆう)方(がた)までに基(き)本(ほん)的(てき)な術(じゅつ)を覚(おぼ)え、この力(ちから)に慣(な)れるのだ」

「うん! あ、そうだ。忍者(にんじゃ)になったんだから、名(な)前(まえ)を付(つ)けなきゃ」

「ふふふ。名(な)前(まえ)ならもうわしが考(かんが)えておる。お前(まえ)は今日(きょう)から、零(れい)衛門(えもん)じゃ!」

「いやだよ。そんな名(な)前(まえ)。かっこわるい」

「なんじゃと!」

「ん~。何(なに)がいいかなあ……。そうだ! いい名(な)前(まえ)、思(おも)いついた!」



 夕(ゆう)方(がた)、男(おとこ)たちの車(くるま)がやってきた。だが、家(いえ)から百(ひゃく)メートルほど手(て)前(まえ)の道(みち)で急(きゅう)に止(と)まった。運(うん)転(てん)していた若(わか)い男(おとこ)が車(くるま)から降(お)りてきて、タイヤを見(み)ている。

「どうした? パンクか」

 眼鏡(めがね)をかけた男(おとこ)も降(お)りてきた。

「ええ、タイヤに何(なに)か太(ふと)い鉄(てつ)の針(はり)のようなものが刺(さ)さっています」

「何(なに)!? 針(はり)? あああああーーーっ!」

 眼鏡(めがね)の男(おとこ)が飛(と)び上(あ)がった。

「えっ! どうしました?」

 眼鏡(めがね)の男(おとこ)が履(は)いたサンダルの裏(うら)にもその太(ふと)い針(はり)のようなものが突(つ)き刺(さ)さっていた。見(み)ると、それと同(おな)じものが道(みち)のあちこちに撒(ま)かれていた。

「それはマキビシだよ」

 どこからか少(しょう)年(ねん)の声(こえ)が聞(き)こえた。

「だっ、だれだ!?」

 男(おとこ)たちは辺(あた)りを見(み)回(まわ)した。しかし、どこにも姿(すがた)は見(み)えない。車(くるま)から太(ふと)った男(おとこ)と白(しろ)いスーツを着(き)た男(おとこ)も降(お)りてきた。

 風(かぜ)が吹(ふ)いた。コンッと軽(かる)い小(こ)石(いし)が車(くるま)にぶつかる音(おと)がした。男(おとこ)たちがいっせいにその方(ほう)を向(む)いた。車(くるま)の上(うえ)に、夕(ゆう)日(ひ)を背(せ)にした忍(にん)者(じゃ)姿(すがた)の少(しょう)年(ねん)が立(た)っていた。

「だれだ!?」

「ぼくの名(な)前(まえ)はゼロ。忍(にん)者(じゃ)ゼロだ!」

「忍(にん)者(じゃ)?」

「悪(わる)いけど、おまえたちが探(さが)している巻(まき)物(もの)は、ぼくがもらったよ!」

 ゼロはそう言(い)って、懐(ふところ)から巻(まき)物(もの)を取(と)り出(だ)して見(み)せた。

 白(しろ)いスーツの男(おとこ)は低(ひく)い声(こえ)で、

「ふん。ずいぶんかわいい忍(にん)者(じゃ)だなあ。ああ、そうか。おれたちの代(か)わりに盗(と)ってきてくれたのか。ありがとよ。じゃあ、おとなしくそれをこっちへ渡(わた)すんだ」

と言(い)った。

 隣(となり)にいた若(わか)い男(おとこ)がナイフを取(と)り出(だ)した。男(おとこ)たちは車(くるま)を囲(かこ)んだ。

「いやだよ」

ゼロは跳(と)んだ。一(いっ)瞬(しゅん)で高(たか)い木(き)の枝(えだ)に移(い)動(どう)した。「えっ!」と男(おとこ)たちは思(おも)わず息(いき)を飲(の)んだ。ゼロはすぐに隣(となり)の木(き)に飛(と)び移(うつ)り、林(はやし)の中(なか)へ消(き)えて行(い)った。男(おとこ)たちは慌(あわ)てて、「待(ま)てー!」と追(お)いかけた。

「どこだ?」

 暗(くら)い林(はやし)の中(なか)、男(おとこ)たちはゼロ探(さが)し回(まわ)った。しかし、「見(み)つけた!」と思(おも)うと、次(つぎ)の瞬(しゅん)間(かん)にはいなくなる。男(おとこ)たちはもう汗(あせ)まみれだ。

「ここだよ」

 男(おとこ)たちが声(こえ)がした方(ほう)に目(め)をやると、そこにゼロがいた。

「動(うご)くな!」

 一(いち)番(ばん)近(ちか)くにいた若(わか)い男(おとこ)がナイフを振(ふ)り上(あ)げてゼロに向(む)かって行(い)く。ゼロは動(うご)かない。あと2メートルと迫(せま)ったところで、突(とつ)然(ぜん)、男(おとこ)の姿(すがた)が消(き)えた――ゼロが消(け)したのか。違(ちが)う。男(おとこ)が池(いけ)に落(お)ちたのだ。「助(たす)けてくれー!」と叫(さけ)んでいる。ゼロが立(た)っている場(ば)所(しょ)は池(いけ)の上(うえ)だった。

「どう? 汗(あせ)かいてたから、すっきりしたでしょ?」

と言(い)って、ゼロは足(あし)に履(は)いた丸(まる)い板(いた)のようなもので、池(いけ)の上(うえ)をスケートのように軽(かろ)やかに滑(すべ)って行(い)く。そして、また見(み)えなくなった。

 男(おとこ)たちはまた必(ひっ)死(し)にゼロを探(さが)さなければならなかった。日(ひ)はすっかり落(お)ちて、月(つき)が出(で)ていた。

 白(しろ)スーツの男(おとこ)が「いたぞ!」と仲間(なかま)を呼(よ)んだ。しかし、それと同(どう)時(じ)に、眼鏡(めがね)の男(おとこ)が「アニキ、こっちです!」と反対(はんたい)の方(ほう)で叫(さけ)ぶ。太(ふと)った男(おとこ)も「こっち! こっち!」と別(べつ)のところを指(ゆび)さした。遠(とお)くの方(ほう)でも池(いけ)に落(お)ちた男(おとこ)が「ここにいるぞ!」と。

 白(しろ)スーツの男(おとこ)は考(かんが)えた――どうしてこっちにもあっちにも忍者(にんじゃ)がいるんだ? もしかして最(さい)初(しょ)から四(よ)人(にん)いたのか?  

「違(ちが)うよ。一人(ひとり)だよ」

 男(おとこ)は背(せ)中(なか)に冷(つめ)たいものを感(かん)じた。振(ふ)り返(かえ)ると、細(ほそ)い木(き)の枝(えだ)に、月(つき)に照(て)らされた五(ご)人(にん)目(め)の忍(にん)者(じゃ)が立(た)っていた。

「ねえ、もう諦(あきら)めたほうがいいんじゃない?」

「ふっ、諦(あきら)めるのはおまえのほうだ」

 白(しろ)スーツの男(おとこ)は懐(ふところ)からピストルを取(と)り出(だ)し、銃(じゅう)口(こう)をゼロに向(む)けた。

 ゼロは氷(こおり)のように動(うご)かない。

 他(ほか)の男(おとこ)たちも集(あつ)まってきた。

 白(しろ)スーツの男(おとこ)はゼロの目(め)を見(み)て、

「さあ、巻物(まきもの)を出(だ)すんだ!」

と言(い)った。

 ゼロは十(じゅう)衛門(えもん)の言葉(ことば)を思(おも)い出(だ)していた――『忍(にん)者(じゃ)に一(いち)番(ばん)大(たい)切(せつ)なもの。それは強(つよ)い心(こころ)だ』――

 ゼロは静(しず)かに息(いき)を吸(す)った。

 シュッと風(かぜ)を切(き)る音(おと)が鳴(な)ったかと思(おも)うと、男(おとこ)は「うおっ!」と声(こえ)を上(あ)げ、ピストルを地(じ)面(めん)に落(お)とした。男(おとこ)の右(みぎ)手(て)に手(しゅ)裏(り)剣(けん)が突(つ)き刺(さ)さった。

 ゼロは両(りょう)手(て)の人(ひと)差(さ)し指(ゆび)を合(あ)わせ、術(じゅつ)を唱(とな)えた。

「火(か)遁(とん)の術(じゅつ)!」

 ゼロの手(て)から巨(きょ)大(だい)な炎(ほのお)が飛(と)び出(だ)し、男(おとこ)たちに襲(おそ)いかかった。

「うわぁ~、あちっ、あちちー!」

 男(おとこ)たちは次(つぎ)々(つぎ)と池(いけ)に飛(と)び込(こ)んだ。そして、「覚(おぼ)えてろよ!」と言(い)って道(どう)路(ろ)の方(ほう)へ逃(に)げて行(い)った。

 ゼロは一(いち)番(ばん)高(たか)い木(き)の上(うえ)まで上(あ)がると、大(おお)きな丸(まる)い月(つき)を眺(なが)めた。

 十(じゅう)衛門(えもん)の声(こえ)が聞(き)こえた。

――よくやった。ありがとう、零(れい)也(や)。いや、忍者(にんじゃ)ゼロよ――

 にっこり笑(わら)う十(じゅう)衛門(えもん)の顔(かお)が丸(まる)い月(つき)に重(かさ)なって見(み)えた。やっと笑(わら)ってくれた。

おじいちゃんの家(いえ)の明(あ)かりが見(み)える。早(はや)く帰(かえ)らなくちゃ。



 向(む)かいの木(き)にいたやせたカラスが羽(はね)を広(ひろ)げて夜(よる)の闇(やみ)へと消(き)えていった。

(完)


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