Wednesday, March 11, 2020

トウキョウタワー★★★


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「東(とう)京(きょう)タワー」

 私(わたし)の家(いえ)の居(い)間(ま)の壁(かべ)には、大(おお)きな東(とう)京(きょう)タワーの絵(え)がかけてある。こんな田舎(いなか)の家(いえ)には似(に)合(あ)わない立(りっ)派(ぱ)な油(あぶら)絵(え)だ。さっき、夕食(ゆうしょく)の後(あと)、お風(ふ)呂(ろ)から上(あ)がると、父(ちち)がその絵(え)をじっと見(み)ていた。

「お父(とう)さん、お風(ふ)呂(ろ)あがったよ」と声(こえ)をかけると、

「ああ。……咲良(さくら)、ちょっといいか?」

と言(い)うので、ソファーに座(すわ)った。

「どうしたの?」

「うん、ちょっと話(はな)しておきたいことがあって。長(なが)くなるけど」

「うん」

 すると、父(ちち)は自(じ)分(ぶん)の子(こ)ども時(じ)代(だい)について話(はな)し始(はじ)めた。

 

* * * * * * * * * *

 

うちはずっと農(のう)家(か)だった。父(ちち)も祖(そ)父(ふ)も曽(そう)祖(そ)父(ふ)も農(のう)家(か)だった。私(わたし)は父(ちち)と母(はは)のことが好(す)きだったが、農(のう)家(か)は好(す)きじゃなかった。

農(のう)家(か)の仕(し)事(ごと)は本当(ほんとう)に大(だい)変(へん)だ。暑(あつ)い日(ひ)も、寒(さむ)い日(ひ)も、毎(まい)朝(あさ)、早(はや)起(お)きして、働(はたら)かなければならない。休(やす)みもない。大人(おとな)になったら、こんな大(たい)変(へん)な生(せい)活(かつ)はしたくないと思(おも)った。

それに、田舎(いなか)は好(す)きじゃなかった。田舎(いなか)にあるのは山(やま)や川(かわ)だけで、おもしろいものは一(ひと)つもないと思(おも)っていた。

私(わたし)が好(す)きなのは、絵(え)を描(か)くことだけだった。毎(まい)日(にち)、いろいろな絵(え)を描(か)いた。友(とも)だちや先(せん)生(せい)もみんな「上手(じょうず)だね!」とほめてくれた。私(わたし)は将(しょう)来(らい)画(が)家(か)になりたいと思(おも)った。

高(こう)校(こう)三(さん)年(ねん)生(せい)の秋(あき)、私(わたし)は、父(ちち)と母(はは)に言(い)った。

「東(とう)京(きょう)へ行(い)きたい。東(とう)京(きょう)で絵(え)の勉(べん)強(きょう)をして、画(が)家(か)になりたい」

すると、父(ちち)は怒(おこ)った。

「だめだ! うちにそんな金(かね)はない!」

「自(じ)分(ぶん)で働(はたら)く」

「働(はたら)く? ふん、田舎(いなか)しか知(し)らないおまえには無(む)理(り)だ。東(とう)京(きょう)は外(がい)国(こく)と同(おな)じだ」

「だれが何(なん)と言(い)っても、おれは東(とう)京(きょう)に行(い)く! こんな田舎(いなか)にいつまでもいられるか!」

そう言(い)って、私(わたし)が立(た)ち上(あ)がると、父(ちち)はそれ以(い)上(じょう)何(なに)も言(い)わなかった。母(はは)は悲(かな)しそうな顔(かお)をして、となりで泣(な)いていた。

卒業式(そつぎょうしき)の次(つぎ)の日(ひ)。東(とう)京(きょう)行(ゆ)きの電(でん)車(しゃ)に乗(の)るとき、母(はは)が駅(えき)まで見(み)送(おく)りに来(き)てくれた。父(ちち)は来(こ)なかった……。母(はは)は少(すこ)しのお金(かね)とおにぎりをくれた。そして、「いつでも帰(かえ)って来(き)ていいからね」と言(い)った。でも、私(わたし)は「画(が)家(か)になるまで帰(かえ)らない」と答(こた)えた。

私(わたし)は東(とう)京(きょう)で絵(え)の勉(べん)強(きょう)を始(はじ)めた。絵(え)の先(せん)生(せい)はとてもきびしい人(ひと)だった。私(わたし)が少(すこ)しでもデッサンを間(ま)違(ちが)えたり、下(へ)手(た)な絵(え)を描(か)いたりすると、すぐにしかられた。

昼(ひる)は絵(え)の勉(べん)強(きょう)をして、夜(よる)は働(はたら)いた。母(はは)からもらったお金(かね)は、すぐになくなった。勉(べん)強(きょう)と仕(し)事(ごと)の毎(まい)日(にち)で疲(つか)れて、身体(からだ)はどんどんやせていった。

それでも、私(わたし)は古(ふる)くて狭(せま)いアパートの部(へ)屋(や)で、毎(まい)日(にち)、毎(まい)日(にち)、絵(え)を描(か)き続(つづ)けた……。

 

東(とう)京(きょう)に来(き)てから五(ご)年(ねん)が過(す)ぎた。私(わたし)は自(じ)分(ぶん)が描(か)いた絵(え)を、いろいろなところで、いろいろな人(ひと)に見(み)せた。でも、だれも私(わたし)の絵(え)を買(か)ってくれなかった。ある人(ひと)から「あなたの絵(え)はさびしい」と言(い)われた。何(なに)を描(か)いたらいいか、わからなくなった。

その頃(ころ)から毎(まい)日(にち)お酒(さけ)を飲(の)むようになった。友(とも)だちも恋(こい)人(びと)もいなかった。酔(よ)っぱらって、ベッドの上(うえ)で、「東(とう)京(きょう)は外(がい)国(こく)と同(おな)じだ」という父(ちち)の言(こと)葉(ば)を何(なん)度(ど)も思(おも)い出(だ)した。「トウキョウか……」。そして、絵(え)を描(か)くのをやめた……。

さらに五(ご)年(ねん)が過(す)ぎた。その日(ひ)はクリスマスで、街(まち)はとてもにぎやかだった。私(わたし)はアルバイトに行(い)くために、電(でん)車(しゃ)に乗(の)った。その電(でん)車(しゃ)の窓(まど)から東(とう)京(きょう)タワーが見(み)えた。それで昔(むかし)のことを思(おも)い出(だ)した。

小(しょう)学(がく)生(せい)のころ、テレビを見(み)ていると、画(が)面(めん)に東(とう)京(きょう)タワーが映(うつ)った。私(わたし)は両(りょう)親(しん)に「東(とう)京(きょう)タワーに上(のぼ)ってみたい!」と言(い)った。両(りょう)親(しん)は少(すこ)し笑(わら)っただけで何(なに)も言(い)わなかった。東(とう)京(きょう)へ行(い)くお金(かね)も時(じ)間(かん)もなかったからだ。けど、父(ちち)はそのことをちゃんと覚(おぼ)えていて、私(わたし)の誕(たん)生(じょう)日(び)に東(とう)京(きょう)タワーの置(お)き物(もの)をくれたのだ。東(とう)京(きょう)にいる友(とも)だちに頼(たの)んで送(おく)ってもらったそうだ。私(わたし)はうれしくて、その夜(よる)、なかなか寝(ね)ることができなかった。

急(きゅう)に絵(え)が描(か)きたくなった。東(とう)京(きょう)タワーの絵(え)を描(か)こうと思(おも)った。部(へ)屋(や)に戻(もど)ると、すぐに押(おし)入(い)れから絵(え)の道(どう)具(ぐ)を出(だ)してきて、足(た)りない絵(え)の具(ぐ)を買(か)いに行(い)った。そして、次(つぎ)の日(ひ)、東(とう)京(きょう)タワーがよく見(み)える公(こう)園(えん)を見(み)つけて、絵(え)を描(か)き始(はじ)めた。

一(いっ)か月(げつ)、二(に)か月(げつ)が過(す)ぎ……桜(さくら)の花(はな)が咲(ざ)くころに、ついにその絵(え)は完(かん)成(せい)した。公(こう)園(えん)で遊(あそ)んでいた女(おんな)の子(こ)が、その絵(え)を見(み)て、「わあ、きれい」と言(い)った。自(じ)分(ぶん)でも今(いま)までで一(いち)番(ばん)すばらしい絵(え)が描(か)けたと思(おも)った。




知(し)り合(あ)いにその絵(え)を見(み)せると、みんなすばらしいとほめてくれた。買(か)いたいと言(い)ってくれる人(ひと)もいた。

私(わたし)はその絵(え)を両(りょう)親(しん)にも見(み)せたいと思(おも)った。父(ちち)と母(はは)に会(あ)いたい、母(はは)の料(りょう)理(り)が食(た)べたい、あの家(いえ)、あの庭(にわ)、あの田(た)んぼ……。私(わたし)は田舎(いなか)に帰(かえ)ろうと決(き)めた。

何(なん)本(ぼん)も電車(でんしゃ)を乗(の)り継(つ)いだ。それまで十(じゅう)年(ねん)間(かん)、一(いち)度(ど)も両(りょう)親(しん)に手(て)紙(がみ)や電(でん)話(わ)はしていなかった。

ドアを開(あ)けると、母(はは)が出(で)てきた。私(わたし)が「ただいま」と言(い)うと、母(はは)は「おかえりなさい」と涙(なみだ)を流(なが)した。だが、父(ちち)は家(いえ)にいなかった。重(おも)い病(びょう)気(き)にかかって、隣(となり)町(まち)の病(びょう)院(いん)に入(にゅう)院(いん)しているということだった。

母(はは)と見(み)舞(ま)いに行(い)くと、父(ちち)はベッドの上(うえ)から手(て)を伸(の)ばし、私(わたし)の手(て)を握(にぎ)った。そして、

「死(し)ぬ前(まえ)に、もう一(いち)度(ど)おまえに会(あ)えてよかった……」と言(い)った。

私(わたし)は持(も)ってきた絵(え)を壁(かべ)にかけた。

「東(とう)京(きょう)に行(い)って描(か)きたかった絵(え)がやっと描(か)けたんだ」

と言(い)うと、父(ちち)は「おお、東京(とうきょう)タワーか」と、うれしそうに笑(わら)った。

その三日(みっか)後(ご)、父(ちち)は亡(な)くなった。

それから、私(わたし)は母(はは)と二人(ふたり)でこの家(いえ)で暮(く)らし始(はじ)め、農(のう)家(か)を継(つ)いだ。そして、結(けっ)婚(こん)して、娘(むすめ)が生(う)まれた。私(わたし)はその子(こ)に「咲良(さくら)」と名(な)前(まえ)を付(つ)けた。

 

* * * * * * * * * *

 

「咲良(さくら)、むこうに行(い)っても、元(げん)気(き)でいろよ。でも、いつでも帰(かえ)って来(き)ていいからな」

父(ちち)は話(はな)し終(お)えると、棚(たな)に飾(かざ)ってあった東(とう)京(きょう)タワーの置(お)き物(もの)をくれた。

私(わたし)は、この春(はる)、東(とう)京(きょう)の大(だい)学(がく)に入(はい)る。明日(あした)、トウキョウに行(い)く。

<おわり>


3 comments:

  1. 感動して涙が出ました。 お話をありがとうございました。

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    1. コメントをありがとうございます。実は、私は昨日東京に引っ越したところで、この話を思い出していました。きっとこれは偶然ではないような気がしています。

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  2. この話を読んでと悲しくなった、私の心が動かされてくれた。あの人は成功しましたか、幸せな家族ができたか、いろいろな問題があった、きっといい家族が作って幸せに残りの人生を過ごしました。
    いい話だった。この話を書きてくれた ほんとんにありがとうございました。
    私はインドからこの話を読んでいるんです。

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