Saturday, December 7, 2019

芝浜(しばはま)★★★

 お酒が好きな方というのは、なかなかお酒がやめられないものです。「(さい)(きん)()(あい)(わる)いから」とってぐらいおんでも(つぎ)(さそ)われたらまたけてしまいます。

 (ねん)(まつ)ですので、みなさんも(ぼう)(ねん)(かい)ついすぎてしまったなんてことありませんか。いや、みすぎてもいいんです。(いや)なことを(ぜん)()(わす)れてしまおうっていうのが(ぼう)(ねん)(かい)ですから。

  けれど、大晦日(おおみそか)1231日)の晩ぐらいは、家族でゆっくり()ごしたいものです。(ふく)(ちゃ)でもながら(じょ)()(かね)いてああわるになりますように」なんて(へい)()ちでお(むか)るのがいいですね。

 ただ、(むかし)(しょう)(ばい)をしているそんなのんきことっていられません。その()りたお金は大晦日(おおみそか)までに(ぜん)()(かえ)さなければなりませんでしたから()した(ほう)()りた(ほう)(たい)(へん)です。(とく)(びん)(ぼう)(にん)(ねん)(まつ)になるのが(こわ)くて(こわ)……

 さて、東京の(うお)(いち)()()えば豊洲(とよす)(ゆう)(めい)ですが、()()()(だい)日本橋(にほんばし)にありました。そして、(しば)(はま)にも(うお)(いち)()があって、こちらでは(ちか)くで()れた(しん)(せん)ていました。

 (さかな)()(かつ)()(ろう)は、その(しば)(はま)(うお)(いち)()(さかな)()()れて、(しょう)(ばい)をしていました(さかな)()()っても、自分の店を持っていたわけではありません。魚を(はん)(だい)というれて、それを(ぼう)()るして、(かた)にかついでのです。

 (かつ)()(ろう)(うで)のいいしたをさぼってしまう(わる)(くせ)がありました。それで、さんとふたり(びん)(ぼう)(くる)しい(せい)(かつ)をしておりました。

 

「ねえ、おまえさん。おまえさん。起きて」

「お、おう……何だよ。いい気持ちで寝てるのに。あーあ、ねむい。何だよ」

「何だよ、じゃないよ。早く起きて(いち)()って

(いち)()?」

「そうよ。もう十日も休んでるじゃない。(ねん)(まつ)(ちか)いのよ。どうするつもりなの

「わかってるよ。おまえに言われなくても」

「じゃあ、早く出かけて」

「早く出かけろって言われても、十日も休んでたんだ。(はん)(だい)……

(だい)(じょう)()よ。ちゃんとはってあるからいつでも使る」

「でも、(ほう)(ちょう)……

(みが)いといた」

「わらじは……」

「そこに出てる」

「……」

「さあ、早く()いててって

「ああ、わかったよ……行くよ。行けばいいんだろ」

 (かつ)()(ろう)()(とん)からかけ(よう)()をしました。

「そんないやな(かお)しないで……ほら、わらじがしくいいでしょ

「気持ちがいい? よくねえよ。好きな酒を飲んで、布団(ふとん)でゆっくり(あさ)()してるときが、一番気持ちいいんだ。わらじが新しくて気持ちがいいもんか」

「そんな(いや)なこと言わずに、いってらっしゃい」

「あーあ、いってきます」

 (かつ)()(ろう)市場(いちば)()かいました。

「うー、寒い、寒い。寒くて、すっかり目が()ちまった。しかし、なんてつまんねえみんなよくてるきて、こうやってかけなきゃいけねえんだから……けど、みんなといっしょにてたらならねえん、なんだか暗いなぁ。なかなか明るくならねえ」

 (うお)(いち)()(きましたが、いているもありません。

「なんだ。今日は休みかよ……」

 そのとき、お寺の(かね)()りました。ゴーン、ゴーン、ゴーン……

「あっ、あいつ、(とき)()(ちが)えてこしたわけ……。まあ、()(かた)ねえ(はま)もぶらぶらするか。そのうちくだろう」

 (かつ)()(ろう)(はま)までと、(なつ)かしいちになりました。

「おお、ひさしぶりだ。海のにおいがする。いい気持ちだ 」

 (かつ)()(ろう)へじゃぶじゃぶいてってましたそれからしばらく(はま)を歩いていると、何か足に()っかかりました。





「ん? 何だ、これは……。(かわ)(さい)()(おも)(かね)だ。(たい)(へん)

 (かつ)()(ろう)(あわ)てて(さい)()(はら)()けにしまうと、(いそ)いでうちりました。


「おい、開けてくれ。開けてくれ」

「はいはい、開けますよ。ごめんよ。(とき)()(ちが)してしまって……あら、どうしたの()(さお)して。けんかでもしたの

「そうじゃねえ。(はま)……さ、(さい)()(ひろ)ったんだ。と、(かね)たくさんて……ほら、これだ

「えっ、お金……あら、本当。いくら入ってるの……」

「さあ、わからねえ。(かぞ)えてみる

 (かつ)()(ろう)(さい)()のお(ぜん)()して、(かぞ)えはじめた。

「一、二、三……四十二(りょう)

「四十二(りょう)……

「わっははは。これだけ金があれば、(しゃっ)(きん)(ぜん)()(かえ)してきなだけんで、(あそ)んで()。よし、(たつ)(こう)(はち)(こう)(とら)んべえ、みんな()んで(いわ)。今から()()()ってりにみんな()んでくる。酒の(よう)()しててくれ

 (かつ)()(ろう)(おお)(よろこ)びでかけてきました。そして、みんなを()れてくると、んで(うた)って(おお)(さわ)ぎ。(かつ)()(ろう)()っぱらって、そのまま(たたみ)(うえ)しまいました。

 

「おまえさん、おまえさん。起きてよ」

「ん、何だよ」

「何だよ、じゃないよ。そんなところで寝ていないで、布団(ふとん)ってなさい。明日の朝早いんだから」

「明日の朝? (じょう)(だん)じゃねえなんかねえよ

「何言ってるの。仕事に行かないで、どうするつもりなの? 年末(ねんまつ)(ちか)いのよ」

「おまえこそ、何言ってるんだ。四十二(りょう)があるじゃねえか」

「四十二(りょう) どこにあるの? そんなお金」

「うははは、(じょう)(だん)っちゃいけねえ。おれが今朝(はま)(ひろ)って来た(りょう)だよ。(かわ)(さい)()の」

「何言ってるの? あなた、今朝(はま)なんかに行ってないでしょ

「何!? 行ってない? おまえが(とき)()(ちが)えてこしてしまっ、まだ(いち)()いてないから(はま)でぶらぶらしているときに、(かわ)(さい)()を見つけたんだ。それをうちに持って帰ってきて、おまえに(わた)したじゃねえか」

「……そうだったのね。やっとわかった。どうして急にみんなと(ひる)()からなんか飲んで(おお)(さわ)ぎしたのか。あなた(ゆめ)を見たのよ。お金を(ひろ)(ゆめ)……

「えっ、(ゆめ)

「そう。(ゆめ)。うちが(びん)(ぼう)で、お金がほしい、お金がほしいって思ってたから(ゆめ)を見たのよ。あなた、ほら、部屋の中を見て。何もないでしょ? この間、(たつ)さんにわれたの。『おたくは何も(どう)()がないから、部屋を広く使えていいです。ほかのうちと違って、(ろく)(じょう)(ろく)(じょう)のまま使える』って。わたし、()ずかしくて()ずかしくて……。四十二(りょう)もあったら、そんなこと言われるもんですか。今朝のあなたは、起こしても起こしても起きなくて、ようやく昼になって起きたかと思ったら、()()()に出かけて、帰りに友だちを()れてきて、酒だ、うなぎだ、天ぷらだ、って飲んで歌って(おお)(さわ)ぎ。何がうれしいのか知らないけど、(いわ)いだ(いわ)いだって言って。(けっ)(きょく)()っぱらって寝てしまって……。いったいいつ(いち)()に行ったっていうのよ?」

「本当に(ゆめ)なのか? ずいぶんはっきりした(ゆめ)だなあ。どうも(ゆめ)とは思えねえけど……

「何!? あなた、わたしのことが(しん)じられないの!? じゃあ、その(かわ)(さい)()(さが)してみたらいいじゃない(ゆか)の下でも(てん)(じょう)(うら)でも好きなだけ調(しら)べてよ。何も(どう)()のない部屋だから、すぐ調(しら)べられるでしょ

「い、いや、(しん)じるよ。……(ゆめ)……そうか、(ゆめ)かもしれ。いや、(ゆめ)したおれは小さい(ころ)から、はっきりした(ゆめ)を見る(くせ)があったんだ……しかし、そうすると、(ひろ)ったのは(ゆめ)で、飲んだり()ったりしたのは……(ねん)(まつ)(ちか)いのに、また金を使っちまった……どうしよう……()のうか?」

「だめよ」

「じゃあ、どうする?」

「働くの。(いっ)(しょう)(けん)(めい)働けば、きっとなんとかなるわよ(いち)()()んで()まれ()わったと思ってがんばろう」

「わかった。今日から(こころ)()()えて(いっ)(しょう)(けん)(めい)働く。もうやめた

 それから(かつ)()(ろう)ぴたっやめて(ねっ)(しん)ようになりました。すると、もともと(うで)のいいすから、どんどん(きゃく)()えて、(おもて)(どお)りにさいつまでになりました。

 

 そして、ちょうど三年後の大晦日(おおみそか)

「なあ、(かた)()けものがすんだら、こっちへ来いよ」

「はいはい。ようやくすんだところよ」

「ああ、新しい(たたみ)いいなあ。こうやって(たたみ)()()えた(むか)えられるなんて(しあわ)せだ。それに、もう一つも(しゃっ)(きん)(かえ)すところがねえんだろ。本当か?」

「本当よ」

大晦日(おおみそか)(しゃっ)(きん)()りが()ねえなんて(しん)じられねえなあ……おい、お茶を(いっ)(ぱい)くれ」

「はい。ちょうど(ふく)(ちゃ)が入ったところよ。どうぞ」

(ふく)(ちゃ)か。ひさしぶりだなあ。もうどんな(あじ)(わす)れたよ……おお、これが(ふく)(ちゃ)(あじ)か」

 ゴーン…………ゴーン…………ゴーン…………

(じょ)()(かね)か……いいだ」

「ねえ、おまえさん。ちょっと見てほしいものがあるの」

「何だ?」

「これを見て」

「これは……(かわ)(さい)()……

「中に四十二(りょう)入ってる

「し、四十二(りょう)!」

「……ねえ、おまえさん、(おぼ)えてない? (かわ)(さい)()と四十二(りょう)

「そう言えば、三年前に(はま)で四十二(りょう)入っ(さい)()(ひろ)った(ゆめ)見たことがあった

「それ、(ゆめ)じゃないのよ」

「何!? おまえ!」

(おこ)らないで! (さい)()までいて。わたし、あのとき、どうしようって思ったの。だって、あなた、明日から仕事もしないで(あそ)んで()らすって言うし……。(こま)ったなあって思って、あなたが()っぱらって寝ている間に(おお)()さんに(そう)(だん)行ったの。そうしたら、(おお)()さん(ひろ)った金を使えば、お(かみ)(つか)まってしまう。すぐにおれがお(かみ)(とど)てやるから、(かつ)()(ろう)には(ゆめ)だったとウソをつけ』って言われて……。それで、そのとおりに、(ゆめ)だ、(ゆめ)だってウソをついたらおまえさんいい人だから本当に(しん)じちゃって……。好きなお酒もすっかりやめて、(いっ)(しょう)(けん)(めい)働いてくれた。そのおかげで、こうやって店も()てられたんだけど……おまえさんが(ゆき)朝に(はや)()きして出かけていくときなんかには、いつも心の中で(あやま)っていたの……このお金結局(けっきょく)()とした人が見つからないからって、ずいぶん前にお(かみ)から(もど)ってきたの。でも、これをおまえさんに見せてまた働かなくなったらどうしようって思ったら……言えなかった」

「おまえ……」

「けど、そろそろおまえさんを少し(らく)にしてあげたいって思って……このお金を出したの。 くやしいでしょ。自分の(つま)にずっとうそをつかれて、だまされていたなんて(はら)立ったでしょ……ごめんなさい」

 勝五郎(かつごろう)(にぎ)りしめたひざの上に()いたまま、じっと下を()聞いていました

(はら)……立たねえ。(えら)いよ、おまえは。たしかに、あのとき、この金を持ったままだったら、おれは飲んだり、()ったり、ぶらぶらして、あっという()(ぜん)()使っちまった。それか、(おお)()言うとおり、お(かみ)(つか)ってたかもしれねえ。おれがこうやって無事(ぶじ)正月を(むか)えられるのは、(ぜん)()おまえのおかげじゃねえか。ありがとよ」

「な、なによ。おまえさん。じゃあ、……(ゆる)してくれるの?」

「もちろんだ」

 (おく)さんは目に(なみだ)()かべました。

「うれしい……。じゃあ、今日はひさしぶりにお酒を飲んで。(じつ)(よう)()してたの」

「えっ、酒を……いいのか? 」

「いいのよ。ずっと()(まん)してたんだから。でよ。さあ、どうぞ」

 奥さんは勝五郎(かつごろう)(さかずき)を持たせ並々(なみなみ)とお酒を()ぎました。

「おお、ありがたい。じゃあ、ひさしぶりに一杯(いっぱい)せてもらおうかああ、いいにおいだではいただき

「どうしたの?」

「やめた。また(ゆめ)になると、いけねえ」

 〈了

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