Sunday, April 5, 2026

幽霊床屋3(ゆうれいとこや3)★★★★★

  店のドアを開け、一歩外に出ると、少し冷たい朝の空気をむねいっぱいにんだ。今日はれ。「準備中じゅんびちゅう」のふだを「営業中えいぎょうちゅう」にかえす。

昨晩、東京にいる大樹(ひろき)くんから久しぶりに電話があった。彼は、不思議(ふしぎ)(えん)もあって中学生のときからずっと店に(かよ)ってくれている特別(とくべつ)なお客さんだ。高校を卒業した後、理容師(りようし)になるため、仙台(せんだい)理容(りよう)専門(せんもん)学校(がっこう)に入った。そこで理容師(りようし)免許(めんきょ)を取り、2年前からアシスタントとして東京の有名店で働いている。実は、東京に行く前に、この店でアシスタントとして(やと)ってくれないかと(たの)まれた。しかし、経営的(けいえいてき)にアシスタントを(やと)()(ゆう)がないのと、彼がこの(さき)理容師(りようし)としてやっていくなら、まずは大きい店で修業(しゅぎょう)()んだほうがいいと思い、(ことわ)った。大樹(ひろき)くんは「はあ~、やっぱりだめかあ」と大きなため(いき)をついたと思ったら、すぐににこっと(わら)い、

「わかった。でも、約束(やくそく)して。東京で修業(しゅぎょう)して一人前(いちにんまえ)になったら、そのときは、絶対(ぜったい)(ゆう)』で働かせてね」と言った。

 うれしかった。大樹(ひろき)くんとこの店でいっしょに働く。その約束(やくそく)(むね)に、わたしは今日もまた(かみ)を切るのだ。

「いらっしゃいませ!」

 今日も朝から晩まで予約がぎっしり入っている。10年前、お店を(ひら)いたときとは大違(おおちが)いだ。コロナ()で一時はだいぶ経営(けいえい)(くる)しくなったが、最近(さいきん)絶好調(ぜっこうちょう)。実は、これはうちの夫のおかげだったりする。

平日は、今まではあまり客が入らなかったが、今は、午前中は主婦(しゅふ)やおじいちゃん、おばあちゃん、午後になると、小学生や大学生がやってきて、夕方からは仕事帰りのおじさんたちが次々と来店(らいてん)する。そのわけは「平日カットのみ2,000円」というサービスを始めたからだ。世間(せけん)では「1000円カット」というのが主流(しゅりゅう)になりつつあるが、やはり10程度(ていど)で切るとなると、(ざつ)になって、仕上がりがあまり良くない。それに、そういう店はだいたい4人ぐらいでやっている。わたし一人でやっているこの店で同じようなサービスをするのは無理(むり)がある。だから、わたしは20分で高品質(こうひんしつ)なカットを提供(ていきょう)してみせようと決めたのだ。そして、それが大当たり。ただ、その結果、お客さんを長い時間待たせることになってしまった。どうしたらいいものか家で(あたま)(かか)えているとき、夫が、

「じゃ、予約アプリを導入(どうにゅう)してみたら? おじいちゃん、おばあちゃんも使えるような簡単なアプリ。おれ、作ろうか?」と言い出した。

夫の職業(しょくぎょう)IT系の会社で働くプログラマー。あっという間に予約アプリを作り、わかりやすい使い方のチラシまで準備(じゅんび)してくれた。そのおかげでお客さんを長い時間待たせず、わたしも休憩(きゅうけい)が取りやすくなった。普段(ふだん)うちでは子どもと遊ぶ以外はごろごろしている夫だが、久しぶりに見直した。

それと、もう一つ。お客さんが()えた理由は、漫画(まんが)だった。家にあふれていた夫の漫画(まんが)を店に置くことにしたのだ。夫は最初(さいしょ)(いや)がっていたが、()てられるよりはマシだと思ったらしく、「大切に(あつか)ってね……」と大量(たいりょう)漫画(まんが)(ゆず)ってくれた。これを楽しみにしているお客さんが多いのだ。待ち時間は店の中でゆったり漫画(まんが)を読んでくつろいで、中には散髪(さんぱつ)が終わってから続きを読んで帰るお客さんもいるほどだ。

 ただ、2000円カットが続くと正直(しょうじき)(つか)れる。でも、その()わり、夜9時までだった営業時間を7時までに変えた。定休日も()やし、月曜日以外に日曜日も隔週(かくしゅう)で休みにした。やっぱり家族と過ごす時間がほしかった。休みの日は、この春から小学校に入る娘の結香(ゆいか)と思いっきり(あそ)んであげることにしている。今年で40(さい)になったが、まだ体力には自信(じしん)がある。子育ても仕事も手は()きたくない。

 

「ありがとうございました。またいらしてください」

最後は、初めてのお客さんで、中年(ちゅうねん)の男性だった。おしゃべり好きで、白髪(しらが)()めもしたので、けっこう時間がかかってしまった。

さて、店を閉めて、早く帰ろうと思い、「営業中(えいぎょうちゅう)」の(ふだ)に手を()ばしたとき、どこかから視線(しせん)(かん)じた。

()(かえ)ると、通りの向こうの街灯(がいとう)の下に、しゃがんでじっとこっちを見ているツインテールの女の子がいた。思わず()()っていって「大丈夫?」と聞いたのは、その子が結香(ゆいか)と同じぐらいの年頃(としごろ)だったからだ。もう7時を()ぎている。暗くなっているのに、一人でどうしたのだろう。

女の子は「ねえ、ここはどこ?」と聞いてきた。

柳之(やなぎの)下町(したまち)っていうんだけど、一人で来たの?」

「う~ん、よくわかんない」

「わかんない? 道がわからなくなっちゃったの?」

「ううん、気づいたら、ここにいたの」

「えっ……おうちはどこ?」

「えーと、あのね……」

女の子が口にしたのは、(となり)の市の海沿(うみぞ)いの町名(ちょうめい)だった。そんな遠くからどうやってここまで来たんだろう。とりあえず、近くの交番(こうばん)連絡(れんらく)しよう。

「ねえ、じゃあ……おばさんがお(まわ)りさんに(たの)んで、おうちの人に連絡(れんらく)してあげる。それまでおばさんのお店で待ってようか」

自分のことを【おねえさん】とは言えないが、【おばさん】と言うのには、まだ抵抗(ていこう)がある。

 女の子は少し考えてから、小さく首を(たて)()った。「はい」と手を()し出すと、彼女はゆっくり手を(かさ)ねてきた。その小さな手を温めるように(にぎ)り、いっしょに店に(もど)った。

 

「ねえ、お名前は?」

「ささきゆり」

「ゆりちゃんね。おばさんの名前も教えてあげる」

「何?」

ゆっくり低い声で「楡井(ゆい)麗子(れいこ)」と言った。

「え、幽霊(ゆうれい)? ホント!?」

「うん。だから、この店は幽霊(ゆうれい)床屋(とこや)って言われてるのよ」

「えー!? 幽霊が出るの?」

「さあ、どうかなあ」

交番に何度か電話をかけたが、つながらなかった。パトロール中かもしれない。もう少ししてからかけ直して、それでもだめなら、警察(けいさつ)(しょ)110番にかけるしかない。

 女の子はソファーで『ドラえもん』を読んでいて、ときどきクスクス笑っている。さっきは暗い顔をしていたから大人しい子かと思ったけど、本当は明るくて活発(かっぱつ)な子のようだ。ツインテールがよく似合う。

 その後も何度か交番に電話をかけたが、つながらず、仕方なく警察(けいさつ)(しょ)連絡(れんらく)すると、すぐには行けないので30分ぐらい(あず)かっていてほしいと言われた。

 自然(しぜん)とカレンダーに目がいった。外していたエプロンを()め、下ろしていた(かみ)()い直す。

「ゆりちゃん。せっかく幽霊(ゆうれい)床屋(とこや)に来たんだから、記念(きねん)(かみ)、切っていかない? かわいく変身(へんしん)して、お母さんとお父さんをびっくりさせちゃおうよ!」

ゆりちゃんは目を大きく見開(みひら)いて、

「ホント! いいの!?」と立ち上がる。

「いいよ! 特別(とくべつ)サービス!」と言うと、満面(まんめん)()みで「やったー!」と漫画(まんが)片手(かたて)に何度も()()ねた。

 イチゴの(かざ)りが付いたゴムをほどき、(かみ)をくしでとかす。まずは少しずつ全体を切りそろえていく。

「ゆりちゃんは、お店で切るのは初めてでしょ」

「なんでわかるの?」

「床屋さんは、(かみ)のことならなんでもわかるんだよ」

「へえー、すごい!」

おそらくお母さんに切ってもらっていたのだろう。ゆりちゃんの(かみ)丁寧(ていねい)に切られているが、少しバランスが悪い。

「ゆりのママはね。いつも美容院(びよういん)に行くんだよ。きれいになると、元気になるんだって」

「へえー、いいね」

「それで、ゆりとパパは、おうちで留守番(るすばん)してるから、ママは、いつもケーキを買ってきてくれるんだ!」

「わー、いいなあ。どんなケーキ?」

「いろんなケーキを買って来てくれるけど、ゆりが一番好きなのは、イチゴのショートケーキ!」

 ゆりちゃんが楽しそうに足をバタバタすると、頭もそれに合わせて(よこ)()れる。

「こらこら、頭は動かさない」

「はーい」

(かみ)も細いし、頭も小さい。それだけではない。小さい子の(かみ)を安全に切るのにはコツがいる。大樹(ひろき)くんにもちゃんと教えないと。

「そうかぁ。イチゴが好きなんだね。ゴムにもイチゴ、()いてるしね」

「うん!」

「じゃ、前髪(まえがみ)を切るので、目をつぶってください」

「はい!」

 少し(こわ)がっているようで、ぎゅっと目をつぶっているのが、かわいらしい。

(こわ)がらなくても、大丈夫だよ。何か楽しい話でもして」

「ええと……そうだ! クイズ出すね!」

「いいよ。なになに?」

「ゆりのランドセルは、何色でしょうか?」

 やっぱり(むすめ)と同じ年……

「そうだなあ。水色」

「ブッブー」

「ピンク」

「ブッブー」

「紫」

「ブッブー。じゃあ、ヒント出すね。ゆりの好きな果物(くだもの)は……」

「わかった! 赤!」

「ピンポーン! イチゴの赤でしたー!」

「やったー! はい、終わり。目を開けていいよ。どう? (かがみ)の中のお(ひめ)(さま)はだれ?」

「ゆりー!」

「かわいくなったでしょ?」

「うん! すごい、魔法(まほう)みたい!」

(かがみ)にゆりちゃんのキラキラした目が反射(はんしゃ)する。

「そうだよ。床屋(とこや)さんは魔法(まほう)が使えるの」

「へえー。ゆり、大人になったら、ケーキ屋さんになりたいって思ってたけど、やっぱりやめて、床屋(とこや)さんになろうかなあ」

 年を取ったと思うのは、こういう瞬間(しゅんかん)だ。涙腺(るいせん)がゆるくなって、すぐ泣きそうになる。

「じゃあ、最後に髪を()いますね」

「うん! 髪を切ると、ホントに元気になるんだね。あーあ、ママもパパももっと髪切りにいけばいいのになあ」

「ゆりちゃんのママとパパは元気がないの?」

「うん。ママもパパもゆりに会えないから……」

「……そっか。でも、わたしがゆりちゃんの代わりに『ゆりちゃんは髪を切って元気だったよ』って、ママとパパに伝えたら、二人とも元気になるんじゃない?」

「ホント! ぜったい、ぜったい、ぜえーたいだよ! ぜったい伝えてね」

「うん、約束(やくそく)する」

 私が小指(こゆび)を出すと、すぐにゆりちゃんの小さな小指がからまった。

 

ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼん のーます、ゆびきった!

 

「ありがとう。幽霊(ゆうれい)床屋(とこや)のおばさん」

ゆりちゃんの体が徐々(じょじょ)透明(とうめい)になっていく。バイバイと手を()り、やがて姿(すがた)()した。

 こうなる予感(よかん)があった。店の外で(にぎ)った小さな手は、夜とはいえ、とても冷たかった。

そして、この店は5年ごとに3月になると幽霊(ゆうれい)(あらわ)れる。5年前も、10年前も……

この()(もど)ることができず、あの()にも行けない人が、何かを(かか)え、この店を(おとず)れる。わたしが髪を切ることで、彼らはあの()へと旅立(たびだ)っていく。いや、旅立(たびだ)っていったかどうかは確認(かくにん)できない。だが、そうであってほしいと(いの)っている。

さっきまでゆりちゃんが(すわ)っていた椅子(いす)に向かって、手を合わせた。

 

 そのすぐあとに、警察官(けいさつかん)(たず)ねてきた。幽霊(ゆうれい)が来たと説明(せつめい)して(しん)じてもらえるか不安だったが、意外なことにその警官(けいかん)は私の話をじっくり聞いてくれた。

(おどろ)きました。電話があった後、調べたら、(たし)に『ささきゆり』という女の子がいたんです。東日本(ひがしにほん)大震災(だいしんさい)津波(つなみ)行方(ゆくえ)不明(ふめい)になったという(とど)けが15年前に出されています。住んでいた場所も合っていますし、特徴(とくちょう)もかなり近いです」

だが、その後、本当に今まで何も接点(せってん)がなかったことをしつこく確認(かくにん)された。それはそうだ。もしこれがイタズラだとしたら、かなりひどいイタズラということになる。

「すみません。ゆりちゃんのご両親の連絡先(れんらくさき)を教えていただけませんか。それか、わたしの連絡先(れんらくさき)を教えますので、連絡(れんらく)してもらうよう伝えてもらえませんか。お願いします!」

 

 次の日の昼過ぎ、大樹(ひろき)くんが店にやってきた。

「ただいま」

その声に反応(はんのう)して思わず()きついてしまった。大樹(ひろき)くんは少し(おどろ)いたようだったが、(いや)がりもせず、がっしりした体で受け止めてくれた。

おかえり。もう自分の息子のようだ。

 今日は定休日。だが店にいるのは、大樹(ひろき)くんがわたしの髪を切ってくれるからだ。修行(しゅぎょう)成果(せいか)を見せてくれるという。

「これ、お土産(みやげ)。朝、近所の和菓子屋(わがしや)で買って来たんだ」

「ありがとう。じゃ、お茶いれるから、いっしょに食べよ。いろいろ話したいことあるし。髪切るのはそれから」

「OK」

ちょうどお()()いたとき、スマホが()った。知らない番号からだ。

火を止めて、通話(つうわ)ボタンを押す。

「はい、楡井(ゆい)です」

「……佐々木(ささき)(もう)します」

 ゆりちゃんのお母さんだ。

「あの、信じてもらえないかもしれませんが、昨日、ゆりちゃんに会ったんです!」

 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、できるだけ丁寧(ていねい)に昨日起きたことを説明(せつめい)した。スピーカーからすすり泣く声が聞こえてきた。

会いに行かなきゃ。

 

 大樹(ひろき)くんを助手席(じょしゅせき)()せ、教えてもらった住所に車を走らせた。家の特徴(とくちょう)も聞いていたので、すぐに佐々木(ささき)さんのお(たく)は見つかった。

チャイムを押すと、ゆりちゃんの両親が玄関(げんかん)まで出迎(でむか)えてくれた。(かる)くあいさつを()わし、中に(まね)き入れてもらう。案内されたリビングの()の当たる場所に、ゆりちゃんの写真が(かざ)られていた。

間違いない。昨日の子だ。

 しかし、それは仏壇(ぶつだん)ではなかった。行方(ゆくえ)不明(ふめい)ということは、遺骨(いこつ)が見つかっていないのだ。ご両親の前で写真に手を合わせるわけにはいかない。両親にとって幽霊(ゆうれい)(みと)めることは、亡くなっていることを受け入れるのに(ひと)しい。わたしがゆりちゃんの幽霊(ゆうれい)に会ったということは、はたして良いことなのか、悪いことなのか……。まだ(あきら)めていない人たちに向かってどう話せばいいのだろうか。

 その気持ちを(さっ)してくれたようで、お母さんが

「ごめんなさい。まだ気持ちの整理(せいり)ができていなくて、本当は少し落ち着いてからお会いしようって思ったんだけど。やっぱり(くわ)しく聞きたいって思ったの。ほら、人間って忘れてしまうから」と話を切り出してくれた。

 わたしは電話で話したことをもう一度頭から話した。ゆりちゃんがしたこと、話したこと、つむじの()き方や、ほくろの位置まで覚えていること、すべてを伝えた。

途中、ゆりちゃんの夢がケーキ屋になることだったと()げると、お母さんは(なみだ)をこらえることができず、両手を口元(くちもと)に押し当てて泣いた。

 話し終えると、それまでずっと下を向いて(だま)っていたお父さんが顔を上げた。

「ほくろの位置(いち)やランドセルの色も知っているというのは本当に(おどろ)きました。……実は、だれかの遺骨(いこつ)が見つかったと聞くたびに、複雑(ふくざつ)な気持ちになるんです。それがゆりのじゃなくてよかったとほっとする一方で、ゆりのであってほしかったと思ったりもします。震災(しんさい)の後は、ゆりはきっとどこかで生きていると自分自身に言い聞かせていたんです。だから、いつでも帰って来られるように、またここに家を建てました。……しかし、時間がたつにつれ、どうか生きて戻ってほしいという思いが、どんな形であっても(かま)わないから戻ってきてほしいと思うようになりました。遺骨(いこつ)じゃなくてもかまわない、遺品(いひん)でもいい。家族にとって何か区切(くぎ)りになるものが見つかればと願っていました。だから、今のお話を信じたい気持ちはあります。ただ、正直(しょうじき)に言うと、幽霊(ゆうれい)になって(もど)って来るにしても、なんでうちじゃないんだという思いがあります。ここから遠く(はな)れた床屋に来たというのは、どうしても納得(なっとく)できない……」

お父さんの(かた)(ふる)えている。重苦しい空気が部屋を(つつ)んだ。

わたしはカバンからプラスチックの小さな箱を取り出して、ご両親の前に差し出した。

 お母さんは、まさかという表情(ひょうじょう)()かべたあと、(おそ)(おそ)る箱に手を伸ばして、箱を開けた。

「これは……ゆりの……」

イチゴの飾りがついた二つの髪ゴム。

ゆりちゃんの姿(すがた)が消えた後も、外してあった髪ゴムが店に残っていたのだ。

お母さんはそれをそっと左手の(てのひら)にのせ、むせび泣いた。お父さんはそっとお母さんの(かた)に手を回した。こらえていた(なみだ)(ほお)(なが)れた。

 

ご両親の許可(きょか)をもらい、ゆりちゃんの写真の前に置かれた髪ゴムの(となり)に、大樹(ひろき)くんがお土産(みやげ)に買ってきたイチゴ大福(だいふく)を並べた。手は合わせなかった。忘れないように毎日見ていた写真が「遺影(いえい)」に変わるまでには少し時間がかかるかもしれない。いや、時間をかけても、結局、遺影(いえい)にはならないかもしれない。それは家族の問題であって、わたしが立ち()ることはできない。ただ、二人にとって今回のことが未来に向かう一歩になってほしいと願うばかりだ。

 帰り(ぎわ)、見送ってくれた二人に「今度、ぜひうちの店に髪を切りに来てください」と言い残し、車を発進(はっしん)させた。

道中(どうちゅう)助手席(じょしゅせき)(ねむ)たそうにしている大樹(ひろき)くんに聞いてみた。

「ねえ、どうしてお土産(みやげ)にイチゴ大福(だいふく)を買ってきたの? すごい偶然(ぐうぜん)じゃない!?」

「うーん。お店には、たくさんお菓子(かし)があってどれにしようか(まよ)っててさ。でも、イチゴ大福(だいふく)を見てたとき、(となり)にいた女の子が『これ!』って言ったんだ」

「えっ……それ、ホント?」

「ホントだよ! 全然知らない子だったからちょっと(おどろ)いたけど、ニコニコしててかわいいし、じゃあ、まあ、これにしようと思って、レジに並んで会計してたら、いつの間にかいなくなっちゃったんだよね。その子。でも、さっき写真見た瞬間(しゅんかん)、わかったよ。あれはゆりちゃんだったんだって。ツインテールじゃないし、ちょっと髪が短くなってたけど」

 大樹(ひろき)くん、君がわたしといっしょに働きたいと思ってくれていること、すごくうれしいんだけど、一つ心配なことがあったんだ。でも、君ならきっと大丈夫。

幽霊(ゆうれい)床屋(とこや)へようこそ。

【完】

 

 

トウキョウタワー★★★

Created By ondoku3.com 「 東 ( とう ) 京 ( きょう ) タワー」   私 ( わたし ) の 家 ( いえ ) の 居 ( い ) 間 ( ま ) の 壁 ( かべ ) には、 大 ( おお ) きな 東 ( とう ) 京 ( きょう )...